02.お母さん、現状を知る
邸に戻りました。
わたしはすぐに、帳簿の整理をしているパロットさんと、今日は彼から帳簿を学んでいるローランのもとに行きました。
扉を叩いて部屋に入ると、ローランがまた冷めた目でこちらを見てきます。どうして?と思い振り返りますと、ああ、お忍び用の灰色のワンピースに気付いたのですね。
「今日は土木ギルドの村に行ってきました」
「なんだか楽しそうですね」
パロットさんがニコニコと答えてくれます。
「ええ、リースマンにもお金持ちがいたのです」
直後、ローランの大きなため息が響きました。パロットさんはローランにとりなすような視線を送ります。
「お母様、土木ギルドがお金持ちなのは、当たり前ではないですか。この領の支出のほとんどが水害対策なのですから」
わたしも二人が座っていた大きな机の空いている席に座りました。
「土木ギルドには、月々金貨五枚の堤防維持対策費を払っています。さらに、黒金貨一枚で、四年に一度新しい堤防を作ってもらっています。このリースマン領と水害は切っても切り離せませんから、土木ギルドは安定的な収入を持つ裕福な人たちです」
ローランが教えてくれました。
「我が家よりもね」
「……はい」
『土木ギルドがなければ、この土地は荒れ地になってしまう。仕方のないことなのよ』
アリシアさんのフォローが入りました。
「でも、土木ギルドの皆さんにこの土地でお金を使ってもらえば。循環して潤うのでは?」
「……お母様」
ローランが眉間を揉んでいます。
「個人的な意見を言います。私は土木ギルドのやつらはいけ好かなくて嫌いです」
「まあ」
『ローラン……』
「あいつらは領主邸が貧乏なのを笑ってくるんですよ。自分たちの方が上だと言わんばかりにね」
「まあ、それは失礼ね。って……たしかに!さきほど、パメラ夫人がそれでしたわ」
ですが、気づいてしまいました。
「ローランも……そんな風に扱われていたの?」
「ええ、私は相手にもしませんが」
大人だわ!ってそうじゃなくて……。
大切な領民なのに嫌いになりそう。でも、お金持ち。お金持ちよ。
心置きなく搾り取ればいいんだわ。商業で。
黙っていたパロットさんがわたしの前に帳簿を見せてきます。
「堤防は、四年に一度黒金貨一枚の大きな工事をします。それに加えて月金貨五枚払っています。土木ギルドが領から四年間で得る金額は黒金貨三枚、白金貨四枚になります」
『三億四千万円。よしこさんの知っている通貨で言うとね』
「ああ、なんてこと。うちが貧乏なの、当たり前じゃない」
「この領の小麦と豆は良質で、王都でも高値で取引されます。それに畜産もあります。収入はこの二本柱のおかげで安定しています。水害が起きなければですが」
『水害は悪いことばかりじゃないの。流されてくる土砂は、豊富な栄養を含んでいて。水害の跡地は良質な畑になるのよ』
アリシアさんはふっとため息を吐きました。
「そうなのね、つまりお金がないんじゃない、お金が動いていないのね。なら、動くようにこの領に商業の仕組みを作ればいいのだわ」
「……お母様?」
ローランが焦ったように声を上げる。
「商業って……どんなに大変か分かっていますか?」
「大変なことがやらない理由にはならないわ。少しでも、リースマンを潤わせたいの。それに、確かに今これだけの経費が出ているけれど、築堤工事はカーミットさんが動いてくれている。きっと、今後は負担が減るはずなのよ」
ローランがぎゅっと眉間にしわを寄せて頭を掻きまぜています。珍しく乱暴な仕草でした。
「奥様、僭越ながら私も意見させていただきますが、お勧めしません」
パロットさんまで反対なんて。
「どうして? この領にもちゃんと買える人がいるのよ。商業が発展すれば街ができる。街ができれば人が住んで収入につながると思うの」
「街をつくりたいということですか?」
「ええ、ゆくゆくは観光にも力を入れたい。そのためにはまずは人を増やしたい。人が居つけば街になる。そうね、街をつくりたい……街をつくりたいのだわ」
「お母様……。もう、心の中では決めていますよね。ならどうぞ、やってみてください。私がここで反対したこと覚えておいてください」
ローランが冷たい声で言いました。パロットさんはその隣で苦笑いをしています。
どうしましょう。反対されてしまったけど、やる気が出てきたわ。




