01.お母さん、土木ギルドの村へ
今日も村に出かけました。今日は土木ギルドの村です。こちらは、家族が土木ギルドに勤めている人たちが集まった村です。農村より山側にありました。水害も届きにくいのか、建物自体は移動式ではなく、石積みと木組みの家でした。
家の数は三十軒ほど、農村よりも多いです。道もきれいに整えられていました。山に近く、土地が高地にあるほど、家が大きくなっています。
なんだか、昔、都会の友人が教えてくれたタワーマンションの話を思い出しました。
「こんにちは」
井戸の側には若い夫人がいらっしゃいましたので、声を掛けました。もちろん、灰色のワンピースと、ボンネットで変装はしました。
「は……伯爵さまっ」
こちらでもすぐにばれてしまいました。どうやらアリシアさんの顔は、この領では有名なようです。
『当たり前です。領主ですから』
そうですか。
「こんにちは、アリシア・リースマンです」
「わ……私では、不敬があるといけませんので、パメラ様を呼んで参ります」
彼女はきれいな礼を取ると、走って行ってしまいました。
ぱめら様……はて?
『土木ギルドのカルロス・バーナードさんの奥様よ』
なるほど、上司を呼んでくると言ったのね。まあ……、これは大事になりそうね。せめて洗濯を手伝おうかと、手を伸ばすとなにごとかと集まった他の夫人たちに取り上げられてしまいました。
『まあ、そうよね。昨日の農家の皆さんが特殊なのよ。貴族や平民の身分って、よしこさんが思っている以上に大事なのよ』
そういうものなの? 王都でも皆さん、普通だったじゃない。私ドレスショップの店員さんにはつまみ出されたわよ。
『王都の商人は客に貴族がいることが多いわ。店員さんも貴族の相手は慣れているの。それに彼女の対応も間違ってない。よしこさん、あの店でドレスのデザインとか……奪おうとしたじゃない』
アリシアさんの声が一段低くなりました。
参考にさせてもらおうと思っただけなのよ。でもそうね、ごめんなさい。
『偉いからって何をしてもいいってことではないのよ。偉いからこそ、身分を振りかざすのではなく、相手を加害者にしないように振舞わなければならないの』
あの……なんだか、ごめんなさい。
『いえ。でもよしこさんでなければ、農村の夫人たちはあんな風に受け入れてはくれなかったわ。よしこさんも素敵なところがあるの。ただし、相手を見なければならないってお話よ』
ええ、少し理解できたわ。
『ふふふ、少しなのね。あ、来たわ』
アリシアさんの声で振り返ると、濃い緑色のドレスを着た夫人が立っていました。彼女の後ろに、先ほど声をかけた夫人が立っていました。この緑のドレスの女性がバーナード夫人でしょう。
「こんにちは、アリシア・リースマンです」
『よしこさん、正解よ。目上の人間が先に声をかけるのがマナーなの……って、なんて顔をしてるの。バメラ夫人』
「こんにちは、わたくし、土木ギルドのギルド長 カルロス・バーナードの妻。パメラ・バーナードです」
そう言うと、腰を落とすちゃんとした礼をされました。
パメラ夫人は、眉間にしわを寄せてにらむようにこちらを見ています。
「あら、なんで睨まれているの?」
『よしこさん!!』
パメラ夫人は、頬をひきつらせています。どうやら声に出ていたみたい。
「わたし、ただ誰でもいいので、お話がしたかっただけで……」
『よしこさん!? そこで言葉を止めたら、あなたじゃなくていい。わざわざ何しに来たんだってことになっちゃうわ』
あらまあ。そんな。
「視察ということで、よろしいですか?」
「皆さんが土木ギルドの村でどういう暮らしをしていらっしゃるか、見たかっただけです、ほんとうに」
パメラ夫人が、さらに目を吊り上げました……なんで。
「ふ、伯爵さまは質素でいらっしゃいますね」
わたしの服を見て、パメラ夫人が笑っています。
あら、今のは嫌味だと分るわ。
「この服装の方が、村になじむかと思いましたの」
スカートをつまんでみますと、パメラ夫人の顔がひときわ歪んでいました。
『よしこさん? 煽りになってる』
じっとパメラ夫人を見ました。あら、ほんと、よく見れば、耳飾りも、首飾りも大きな宝石がついているわ。それにドレスも……王都のドレスショップに飾られていたものに似ている気がする。
なんてこと。お金持ちなのね。
「分かりました。どうぞ、うちに来てください。小さな家ですが伯爵夫人に来ていただけたら、光栄ですわ。どうぞ」
パメラ夫人は、そう言うとくるりと向きを変えて先頭を歩きだした。彼女の後ろを井戸端に集まっていた夫人が列を作って歩き始めます。大奥? 大奥みたい。
それにしても、土木ギルドだものね。きっと素敵な家具があるわ。楽しみ!
『よしこさん、よくのんきなことが言えるわね』
「まあ、なんて大きいの。小さくなんてないじゃない」
パメラ夫人の小さい家というのは謙遜でした。場所は高台にあって振り返ると、領が見渡せます。
「……どうぞ」
そう言って通されたのは、庭に面したティールームです。一緒に歩いてきた皆さん、どうやらそれぞれ席が決まっているようで、順番にお行儀良く座っていきます。
わたしはどこに座りましょう。
「伯爵夫人はこちらに」
皆さんが驚かれています。どっちが上座下座とかあるのかしら。
パメラ夫人に案内された席は扉側に近く、ここからではせっかくのお庭が見れません。でも勧められたのならこちらが上座なのかしら……。
「いいえ、ここはパメラ夫人にお譲りするわ。わたし、お庭が見たいの。そちらの席で十分です」
『まあ、よしこさん。そこはこの部屋の上座よ。パメラ夫人あなたを末席に座らせようとしたのにかわすなんて。ほら見て悔しそうな顔をしてる』
どうしてそこまで嫌われたのかしら、パメラ夫人ていけずなのね。でもそれならこちらもマウントを取りましょう。
「ティールームは、シルフォード邸でもてなされて以来だわ」
「シルフォード邸って、公爵様のおうちですか?」
一番奥に座っていた若い夫人が食いつきました。
「ええ、アレクセイ・シルフォード様は、学生時代からの知り合いなの。先日、王都に行ったときにね。招かれたのよ」
若い夫人はきゃあと声を上げて口を押えます。そこからは質問タイムのようになってしまいました。
わたしがここの暮らしの質問をしたかったのに……。ですが質問が終わりません。
「アリシア様。もう、終わりましょう」
パメラ夫人がすごく低い声で、終わりを告げました。
「お菓子も、お茶もとってもおいしかったです。また呼んでくださいね」
「……」
どうしましょう。リースマン領にもお金持ちがいたわ。これなら商売できるんじゃないかしら。




