04.お母さん、借金する
そうだわ、アリシアさんと契約して、アリシアさんとして転生したのだわ。
「奥様?」
ばっと、視界に入ってきたのは、ネリアです。起き上がろうとすると、背中を支えてくれました。
「ごめんなさい。まだ本調子ではなかったようね」
「いえ、ただでさえ起きたばかりのなはずのに心に負荷をかけてしまいました……。先生にも大人しく療養するようにと、言われていたのに」
そう言われれば、もうあの白衣のおじいさんはいなくなっているようです。
『もしもし、よしこさん。気分はどうかしら。わたしの声は聞こえる?』
はっと、顔を天井にむけました。
「ええ、聞こえます」
「……奥さま?」
ネリアがわたしの顔を覗き込んできます。
『ネリアが心配します。口には出さず答えてくださいませ』
まあ、それは大変ね。どうしましょう。
『はい、通信環境はばっちりのようね。それで、体の調子の方はいかがかしら?』
頭、頬、腕と順番に抑えてみる。そして、胸に手を当てた。あら、大きいのね。
『……コホン』
ごめんなさい。大丈夫だと思うわ。
『どうやら、体の不調は治せたようね』
まあ、ありがとうございます?
『とりあえず、ネリアにここがどこか教えてもらってくださいな』
「あの、ネリア。ここはどこか分かるかしら?」
「はい、王都にある教会の医療院です」
『まあ、なんてこと。治療費は……お布施はどこから出てるの?』
「ネリア、お金のことなんだけど」
ネリアはまたそっぽを向きました。きっと、答えにくいときはそうするのね、この子。
「ネリア?」
「……ツケてもらっています」
ネリアはしょんぼり答えました……それは悲しそうに。
ツケっていうのは、要するに借金よね。
「……」
『……』
「まあ、早くここを出なきゃ。お金がかかっちゃうわ」
「はいぃい、奥様! でも、お身体は?」
「借金って言葉で、痛みも吹っ飛んだわ。出る手続きをして頂戴」
「はいいぃ、奥様。かしこまりましたー!」
ネリアはぱっと、振り返るとそのまま扉の方へ走って行きました。
「この世界に保険なんてないわよね。それこそ十割負担でしょ……大丈夫かしら」
『……仕方ないわ。ほんとうに命に係わる事故でしたもの。この通り、私は死んでしまいしたし』
アリシアが悲しげな声を出しています。
「ええ、そうね。つい借金なんて言うから、びっくりしちゃった」
わたしはそっとベッドから足を下ろして、立ち上がってみました。二日間寝ていたという割には、しゃんと立てるようです。不意に窓に自分の顔が映る。若くて、きれいな顔。
くるりと回転すると、スカートがふわりと円を描く。
手も足も細くて……軽い。
ああ、待って待って。どこも痛くないわ!痛くなーい!
コンコンと扉が叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、白い服を着た女性でした。立っている私を見て目を見開いています。その後ろにネリアが立っていました。
「本当に……回復されたのですね」
「ええ、どこも痛くないのよ」
うれしくて微笑むと、女性は小さくうなずいた。
「でしたら、退院を認めます。請求書をお持ちしたのでご確認を」
「……請求書」
「金貨三枚にございます」
『待って、金貨三枚って、法外よ』
アリシアさんの絶望する声が響いた。
「ねえ、聞くのだけど。三枚というのはどこから?」
「基本的には一泊が金貨一枚ですので。一昨日、昨日、今日の分となっています」
「ネリア、持ち合わせは?」
「……ございません」
「そう。あの、今すぐ帰れば、今日の分は無しよね?」
白い服の女性は驚いた顔でうなずいた。
「ええ、こんな夜分にですか? でもそう……なりますね」
「でしたら、請求書は金貨二枚に直して頂戴。それで、聞くのだけど、分割払いはできますか?」
できるだけキリッとした顔をして見せました。
「……え?」
白い服を着た女性は、目を見開いています。
まあ、そんなに驚くことかしら。
『貴族が分割払いなんて、なかなか聞かないからだわ』
そうなの。でも……一括で払えるの? うちの経済で。
『……無理ね。そんなことをしたら三か月間、お夕食がパンとミルクだけになっちゃうわ』
「すみません。わたしには金貨二枚は結構な金額なのです。もちろん、払えますが、それをすると領民たちが冬を越す備蓄まで売らなければなりません。教会は民が困窮することを望みますか?」
本日二度目のきりっとした顔をして見せました。
「……いえ、そのようなことは望みません」
白い服の女性は、あたふたと答えています。
「でしたら、分割払い許可いただけますわね」
「……はい。ではタウンハウスの方へ請求書は送らせていただきます」
「ありがとう存じます。治療をしていただいたこと、本当に心から感謝いたします」
昔、夫の清司が勝手に車の契約をしてきた時のことを思い出しました。あの時も、分割払いにしたわね。無いものは払えないもの。
そう言えばあの車、夫はほとんど乗らないから、わたしが乗ることになったのよね。減価償却できるくらいには乗ったはず。
「すごいわ、よしこさん。支払いを分割で押し通すなんて」
頭の中に拍手の音が響く。アリシアさんだわ。
どうしましょう、わたし。転生そうそう、借金を作ってしまったわ。




