03.お母さん、詐欺を疑う
白い空間に白いテーブル。
目の前には柔らかそうな金色の髪と、エメラルドみたいな深い緑の目をした優しげな若い女性が座っていました。
わたしもいつの間にかそのテーブルについています。
「あの……?」
「はじめまして、わたしはアリシア・リースマンと申します」
女性はふわりと微笑みました。
「こちらこそ、初めまして。奥田淑子です」
「さあ、どうぞ、冷めないうちに」
いつの間にかテーブルの上には、湯気を立てる紅茶が置かれています。
「ありがとうございま……す?」
いったん落ち着こうと紅茶に手を伸ばしました。
ちらりと観察すると彼女も紅茶を飲み始めました。その優雅な飲み方を見て、少々気後れしながらも紅茶を飲みます。ストレートティーみたい、甘くなくていい香り。
「よしこさん、転生しませんか?」
危うく、飲んだばかりの紅茶を吹きそうになりました。
――転生?
玲奈ちゃんの好きなアニメみたいな展開ね。まさか自分にそんなことが振りかかってくるなんて。でもどうせなら……元の家に戻りたいわ。
「残念ですが、あちらの世界で、あなたは亡くなったそうです」
ええ、覚えているわ。一瞬ふわりと軽くなったあの瞬間を……。
「そして、私も亡くなりました。馬車の事故で」
「あら、一緒ね」と言いそうになって、慌てて口を押えます。
「ですが、あなたにはチャンスがあるんですの。あなたの魂を私の体に導けば……あなたは私の世界で生きられます」
「……へ?」
いやだわ。これって新手の詐欺かしら、転生詐欺?
「もちろん、あなたは私の世界を知らないでしょうから、私がちゃんとサポートいたします。そのために天界魂鑑定士と、転生者介護士の資格も取りました」
「まあ、亡くなってもお勉強されていたの。頑張り屋さんなのね」
「はい」
アリシアさんは胸を張る。可愛らしい人だわ。
「でも体の時を止めるには限界があって……このままでは、私の息子と娘を親のいない子にしてしまいそうなの」
アリシアさんはちらりと視線をよこします。
「親のいない子は……」
「ええ世の中、そんな子たくさんいます。でも、それをどうにかできる立場にいて手を差し伸べない理由がありますか?」
「……ないわねえ」
わたしも結局、莉子の母親になることを選んだもの。
だけど、この話を受けて、わたしまた、子育てをするの? 楽しいことも多かったけれど、同じくらい苦しい思いもしてきたのに。
「……やだわ、大変だもの」
「そんな」
アリシアさんは目を閉じて考え始めました。そして、パッと目を開くとにっこりと笑います。
「私、こう見えて領主ですの。うちの領……温泉ありますわ」
「でも異世界ってほらなんだか。お風呂とかおトイレとか……そういうのがちゃんとしてないって聞くし」
確か玲奈ちゃんとみていたアニメでは、食べるものとかそういうのにも苦労すると言っていたはず。
「上下水道完備、日本にあったような道具については魔石と魔法で作ればいいわ」
「た……食べるものだって、わたし和食が好きなの……」
「食材には共通点も多いんですのよ。マヨネーズとか。醤油や味噌もできます。よしこさん次第でこちらの世界でも日本食は作れますわ。今はまだありませんが、よしこさん、婦人会で味噌のつくり方を学んでいらっしゃいましたよね。うちの領の特産は大豆と、小麦なんですよ」
アリシアさんがかぶせるように言ってきました。
「……え」
すごいわ。わたしのことどこまで調べてるのかしら。
「あと……コホン。転生先は……この美貌です」
そう言って、頬に当て目をぱちぱちさせた。とっても可愛らしいわ。
「……まあ」
「息子十二歳と娘八歳も同じくらい可愛いです」
「……まあ」
圧倒されるばかりです。
アリシアさんはふっと、まじめな顔になりました。
「私も天の声として、お手伝いいたします。ですから、どうか……家族と領民を助けてください」
そう言って深く頭を下げる姿はすごく一生懸命です。
なんだか、PTA会長になった時のことを思い出しました。あの時も断り切れず、引き受けてしまい結局、三年間会長をしました。
……わたし、昔から、こういうの断るの下手だったわね。
「……仕方ないわね」
そう答えると、アリシアさんは最初の印象とは違う快活な笑顔を浮かべ、天に拳を突き上げています。
「ありがとう、よしこさん!言質取りましたわ。聞いていらっしゃる? 神様」
アリシアさんがそう天に向かって声をかけると、白いテーブルからは紅茶が消え、一枚の紙が出てきました。
「ではここに、ご記名くださいませ」
アリシアさんの細くてきれいな指が、紙の隅を指しました。
「あら、本格的なのね。口約束だけかと思ったわ」
「いまどきは、神様もコンプライアンスが厳しいんです」
そこからは紙に書いてあることを説明されました。転生すること、記憶は消えないことなど、特におかしなことは書いてなかったです。わたしはその言葉を聞きながら、いつの間にか現れたペンでそこに記名しました。
「これで、契約成立ですわ」
なんだか、義父が高額な浄水器の契約をした時を思い出したわ。ぱちんとホッチキスで止められた契約書を開くと細かい字でびっしりと、理不尽なことが書いてあって、慌ててクーリングオフしたわね。
アリシアさんが契約書にサインをすると、ふいっと紙は消えた。
「……これで契約成立ですわ。あ、天界の契約にクーリングオフはなくってよ」
「どうしましょう、理不尽」
《契約書を確認しました。それではカウントダウンに入ります》
「あらもう?」
《5分前……》
転生って思ったより、あわただしいのね。
「あ、よしこさん。言い忘れてましたが、夫は浮気しています」
「……え?」
「息子は反抗期で、娘は乳母にべったりです」
「……あららら」
《十秒前!》
「領は水害で借金があります」
「……は?」
《……三・二・一 いってらっしゃい》
やっぱり、転生詐欺だったの?
「いえ、詐欺ではありません」
(そうなの?)
「よしこさんの確認不足ですわ」
(言い方じゃない)
アリシアさんの声が響いて、世界が真っ白になった。
どうしましょう。問答無用で転生されそうだわ。




