02.お母さん、転生する
わたしの人生は……。
って、ズキンっと頭に痛みが走り、思わず手で押さえました。
「あら、手が上がるわ」
寝かされているベッドも、病院のものより少し硬いような気がするし。ゆっくりと目を開けると、木の天井が見えました……あら、目も見える。
「待って、この手……細いし、白い」
どういうこと? って、声も若い。
「あぁ!奥様!」
若い女性の声が聞こえてきます。その女性はわたしの顔を心配そうに覗き込むと「お医者様を呼んで来ます」と扉の音をさせて外に出ていきました。
待って、教えて……どういう状況?
そう思った瞬間、頭の中に、馬車での出来事が甦りました。
そう、馬車で王都に向かっている途中、脱輪事故に遭ったのよ。やっぱり、お金をケチって、整備を中途半端にしたのがいけなかったわ。
え? 王都……馬車? 首都じゃなく? タクシーじゃなく?
昨年の水害に国から補助金がでることが決まった……ただ、いくら待ってもそれが届かなくて……このままでは復興の予算組みができないと、財務省へ問い合わせるためリースマン伯爵領から王都へ移動していたのよ。
リースマン……。
わたしは……奥田淑子……ではなく、
「アリシア」
アリシア・リースマン。ウィリアルド王国 南西部にあるリースマン領の領主で……伯爵。ただし、この領はすごく貧乏。
「奥様、お医者様です」
扉がバアンと開いて、さっき出ていった女性が戻ってきました。後ろからほんと……大丈夫?ってくらい。ヨボヨボで白衣のおじいさんも一緒に入ってきました。
「先生! 早く診てくださいっ」
女性が慌てて先生と呼ばれるおじいさんを急かしています。
おじいさんの歩みはとてもゆっくりだわ。やっと、わたしの寝ていたベッドの横にたどり着くと、腰をトントンと叩いている。
わたしは女性の手を借りて起き上がりました。
「《スキャン》」
おじいさんはわたしに手をかざすと、そうつぶやきました。
なんでしょう……?え?
「ふむ。頭の傷は中まで響いてはおられんようじゃ。すこし魔力回路にひずみがあるようだが大丈夫じゃろう」
え、今ので分かったの? まりょくかいろ?って。
「よかった。ちょうど医療系スキルの持ち主がいらっしゃったのです」
女性はほっとしたように、胸に手を置いています。
どうしましょう。スキルって玲奈ちゃんが好きな物語に出てくるアレよね?って。孫と一緒によく見ていたテレビのアニメ。悪役令嬢とか。氷の騎士とか。魔法や剣や……そうそう、スキルと言えばなんとかスキルで異世界どうのだったかしら。
ああ、玲奈ちゃん。
「あれ? 奥様……どうされました?って、きゃあ」
はっと、女性を見上げると心配そうな顔が返ってきます。彼女は慌ててポケットからハンカチを取り出して、わたしの頬を拭ってくれました。どうやら泣いていたようね。
「えっと、ごめんなさい。記憶が……あやふやで」
「そんな!」
女性は振り返ると、ヨボヨボのおじいさんの肩を掴んで、ガクガク振り始めた。
「どぉーういうことですかぁー!」
「やめなさい。ネリア」
自然と彼女の名前が出てきました。この子はネリア、わたしの侍女をしている。元村娘で気立ての良さをかい側に置いている子だ……たしか、そうだったはず。
「ごめんなさい」
「よいよい。奥さまが心配なんじゃろう」
おじいさんはニコニコとそう言って肩を払っています。
「奥様は二日も目を覚まさんかったんよ。それは心配にもなるじゃろうて」
「ありがとうございます」
ああ、良い人でよかったわ。
「頭を打っとるので、その後遺症じゃろう。他には問題ないようだからゆっくりと思いだせばよかろう」
「お世話になりました」
って、待って。
「二日? 二日も寝ていたの? わたし……助成金は?」
自然とまた口を突いて出ました。ネリアはさっとわたしから視線を逸らして壁の方を見ています。分かりやすくごまかしている……こういう素直なところがこの子の良いところ……じゃないわ。
「どうしましょう、リースマン領がピンチだわ」
今度は首の後ろがズキンと痛みが走りました。手を当てて痛みに耐えていると、おじいさんがまた手をかざしてきた。
「ふむ、そこには魔力回路の経絡がある場所じゃ……どうやら、まだひずみが……」
ゆっくりと視界が歪んでいく。待って、いま倒れるわけにはいかないの……助成金を受け取らなきゃ。
じゃないと、領が……。
いえ、それよりもわたしはどうなるの? どういう状況?
「奥様!」
ネリアがわたしの手を握る。ああ、あったかいわ。
そう感じた瞬間、テレビが切れる時みたいに意識がぷつんと途切れてしまった。
どうしましょう、もっと考えないといけないことが……。




