15.お母さん、謎の力を見る
ほとんど焼き終わった時でした。
「あっ」
マリークが焼いていたコロッケが爆発しました。なんてこと。
「熱っ」
「すぐに冷やして……!」
マリークの手を取って、水を流します。どうしましょう。タネを冷やしたりなかったのだわ。
「あ……あの。奥様」
「なあに?」
「そ……それが、もう熱くないです」
マリークはそう言って、手を動かして見せる。
「そんなわけ……」
マリークの手を確認しました。あら、真っ赤だったところが薄いピンクになっています。
「マリーク……あなた若いわね。回復が早いわ」
『よしこさん? そんなわけないでしょ!』
「ああ、俺これ知ってるっす。森の奥に植わってる。なんとかって球根を食べると、傷の治りが早くなるっていう。あれに似てるっすね」
「……ナントカって何よ」
「……」
さすが異世界、そんな食材があるなんて……。
わたしたち三人は、呆然とします。
「……これは実験だ」
カイラーが、思いついたように指を油に押し付けます。ジュっと音がしました。
「あぁっっつぅう!」
「あらやだ! たいへん」
ですが、すぐにピンク色になりました。
「こういうことっすね」
「そんな実験しないで! 何かあったらどうするの!」
思ったより大きな声が出てしまいました。二人は驚いたように目を大きく見開いています。
「……ごめんなさい」
「ゆ……指って何をするにも大事なところでしょ」
ごまかすように言葉を重ねましたが、二人はしゅんっとしたままです。
『あなたたちって見ているだけで、ひやひやするわ』
アリシアさんの不安そうな声が響きます。
『それにしても……どういうこと?……よしこさん、何を入れたの?』
わたしは何も入れてないわ。しいて言うなら、愛情を隠し味に。
『今は冗談を言っている場合ではないわ。これはすごいことが起きているのよ』
まあ、アリシアさんがいつになく真剣です。
「ごめんなさい」
「あの、奥様は悪くないんで!」
カイラーとマリークが慌てて頭を下げていた。
「あの……怪我がなくて良かったわ」
ええ、怪我はなくなったので。
「……そうっすね」
「次からは気をつけましょう」
わたしは手をぱちんと叩いて、気を取り直しました。
「そう、片栗粉も作りましょう」
「なんすか?」
カイラーがきらきらした目を取り戻しました。ほっとします。
「ジャガイモをすりおろして、ガーゼで絞るの。で、その汁を沈殿させて」
「ああ、くず粉みたいっすね」
「くず粉があるの?」
カイラーはうなずいて、引き出しからツボを取り出した。
「これっすね。山に生えてる蔓草の根っこでつくってるやつです」
「カイラーって本当に有能ね」
「まあ、山に入って、何でも食べてたんで」
できることなら小さいころのカイラーを捕まえて、これでもかって抱きしめてやりたいです。
「あなたのその経験をわたしたちのために役立ててくれて、感謝してもしきれないわ。ありがとう、カイラー」
カイラーは目を丸くして、頭を掻いた。
「俺の食い意地を褒められるとは……奥様は変わった人っすね」
カイラーが照れくさそうに笑っています。
「褒めたのよね?」
カイラーとマリークが目を見交わして笑っています。答えてくれませんでした。
きっと、カイラーは一部よね……この領には同じようにひもじい経験をした子どもがきっとまだ、いるはずだわ。そんな経験しないで済むように。そのためにはやっぱり儲かる領にしなくてはだめね。
カイラーたちの夕食の準備が始まったので、わたしは厨房を後にし、執務室に戻りました。
机の上には新たな手紙が置いてありますが、いったん無視します。封蝋の形からあの暇人からだと分るからです。
「ねえ、アリシアさん」
『なあに?』
「さっきのだけど、あれこそスキルじゃないかしら」
アリシアさんは黙ってしまった。
この世界にはスキルがある。ただし、アリシアさんのスキルは《祈り》という曖昧なものだった。アリシアさんは一度も発動したことがなくて、いわゆる外れスキルと言われていたそう。
《祈り》がどういうスキルなのか、前例がないのもまた解明できていない理由にもなっているそう。
「祈って何かを与えることで発動する。だから、今まで何も起きなかったんじゃないかしら」
『そんなことってある?』
「それにアリシアさん、料理も裁縫もしてこなかったんでしょ。だから余計、効果を見つけにくかったんだわ。誰かのために何かを作ってあげる機会が少なかったんだもの」
『そうね、忙しくてそんな機会はなかったわ』
「今回ね、わたしカイラーやマリークがケガをしないようにと祈ってたわ。でも、それだけじゃない気もするの」
ずっと不思議だったの。この領って綱渡りなのに、どうしてどうにかなってきたのかなって。アリシアさんのおかげかもしれないわね。あなたが領が良くなるように祈ったから、ぎりぎりを保てていたのかも、祈ることで良くなるのがスキルの効果化もしれないわ。
「ぜんぶ、あてずっぽうですけど」
『そうだと良いわ、ありがとう。よしこさん』
いいえ、わたしはなにも。次は何をしようかしらね。
そうよ、商業ギルド。三次産業よ。
そしてさっき無視した封蝋のついた手紙を開く。
やっぱりロバートさんだったわ。昨日の返事は届いていないはずなのに。
内容は……まあ、本当に来るみたい。
どうしましょう。とりあえず今日は祈っておきますか。




