10.お母さん、無理でもやる
「ただいま戻りました」
玄関に入って挨拶をすると、ソフィアが出迎えてくれました。今日もとっても天使です。
「おかえりなさいませ、おかあさま」
「ああ、ソフィア。あなたの顔を見ると癒されるわ」
ソフィアを柔らかく抱きしめました。ソフィアもためらいながら、背中に手を回してくれました。
マーリンはソフィアの隣ではなく後ろに立っています。
身に着いた習慣は昨日の今日で急に変わるものではないけれど、少しずつでも変えていくべきことはあります。
「あの奥様宛てにお手紙が二通届いております」
家令のグエンさんが慌てたように告げて来ました。その様子からたぶん、身分の高い方からの手紙なのでしょう。思い当たるのは二人。でも、今は後回しにしたい!
「……分かりました。執務室に置いておいてください」
「はい」
「そうです、パロットさんは?」
うちの会計士はパロットさんです。ひとまず、四か月で白金貨八枚のことを相談しないと。
「パロットさんなら、お部屋で帳簿整理をされています」
「ありがとう、グエン」
わたしはソフィアの頭を撫でて、パロットさんの部屋に向かいました。
扉を叩いて開くと、パロットさんは帳簿に埋もれるように座っていました。
「パロットさん、ただいま帰りました」
「アリシアさん、おかえりなさい」
「あのですね。パロットさん……相談がありまして」
にっこり笑って話しかけました。目を上げたパロットさんはすぐにぎゅっと目を細めました。
「……なんだか不吉な笑顔ですね。聞くだけ聞きましょう。どうしました?」
あらとっても、察しが良いのね。
「水路航行ギルドも、土木ギルドもとっても友好的でした。築堤工事もこのままいけば、春には始められそうです」
「なるほど、それが良い報告ですね」
あらら、分かっているわ。さすが優秀な会計士。
「悪い報告といいますか。現実の話をします。今月中に助成金の白金貨二枚を取り返して支払わないといけません。さらに、二月までに白金貨八枚を稼がねばなりません」
パロットさんは目を見開きました。
「……金貨ではなく……白金貨」
「はい」
「無理です」
「却下です」
パロットさんは、帳簿をじっと見ました。
「無……」
「却下です。無理でもやります」
強引にかぶせました。
「もう決めているじゃないですか、相談でも何でもない」
「そこはごめんなさい」
パロットさんは、頭を掻いて天井を見上げました。
「分かりました。いったんこの領の純利益を計算します。そのうえで、さらにどれくらい稼がねばならないのか、概算を出してみます」
「……ありがとうございます」
さすがパロットさんです、断らないとは思っていました。
でもほんと、わたしが言うのもなんですが、苦労性ですね。
「そういえば、元奥さんの持っているリースマン名義の宝飾品の差し押さえは、どうなりました?」
「……手続きは終わっています。あまり期待しないでください」
「いえ、こちらもパロットさんに支払うべき慰謝料を待ってもらっているので」
「……はい」
わたしはそのまま、執務室に戻りました。
代々受け継いできた大きな革張りの椅子に深く腰掛けます。
机の上にはキラキラした封蝋がされた手紙が二通置いてありました。
わたしはいったん天井に視線を向けて深呼吸をしました。
一つ目は、公爵様。
公妾のことを前向きに検討すると、返事をしたのでそのお礼でした。あとは体を気遣う優しい内容です。
二つ目は、ロバートさん。
先日のつまみ細工のカチューシャと、巻き玉についてでした。作り方の登録したいそうです。これは、収入の足しになるかもしれません。小さくガッツポーズをして、続きを読みます。
「まあ、リースマン領に来たいなんて、王都の副ギルド長は暇なの?」
って、今日この手紙が届くということは、昨日わたしたちが王都を発つと同時に送ってきたってことになるわね。
「暇なんだわ」
八千万円。田舎に土地付きの家が二戸……頑張れば三戸建つわね。三戸もいらないけど。
「頑張ればなんとかなる……額ではないわね」
机に突っ伏して頭を抱えます。
そもそも、前世は専業主婦です。敏腕営業だとか、手に職のある仕事だとかならば、技術と知識を生かして一発億万長者! なんて手もあったかもしれませんが。
『……よしこさんはすごいわよ』
アリシアさんが慰めてくれました。
『……ほんとよ』
なんて優しくて気遣いのできる子なんでしょう。癒されました。前を向きます。
「明日は領内を見て回りましょう。畑とか、温泉が出そうなところとか」
今はお金に困っていますが、わたしの最終目標は温泉スローライフです。
わたしはペンをとって公爵様と、ロバートさんに返事を書きました。
公爵様にはお礼と、お子様についてです。
ロバートさんには手土産を楽しみにしていると書きました。
どうしましょう、今日を振り返ると思うの。いろいろあったけど、ローランってとってもいい子だったわ。




