06.お母さん、水路航行ギルドに行く
水路航行ギルドは、船着き場近くにある赤レンガの三階建ての建物です。
支部とはいえ大きな川を管理する場所だけあって、想像していたよりずっと立派です。正面には大きな扉があり、その上には川を描いた紋章が掲げられています。
一階は倉庫。二階より上が事務所として使っているとあとで聞きました。
馬車止めに荷馬車をおいて、階段を上ります。ローランは当たり前のように手を貸してくれました。
……紳士だわ。
「ニマニマするなら、この手を放すぞ」
「いやっ」
踊り場でスカートを直してから、大きな木製の扉を開きました。
「ごめんください。アリシア・リースマンです」
そう名乗ると、ギルド中の視線がこちらに集まりました。
ギルドの職員さんは、袖に白いラインの入った紺色の上着を着ていたました。どうやら制服のようです。机の配置は銀行みたいに入口に向かって並んでいました。奥に座っている人ほど、偉くなる感じかしら。
わたしは奥をじっと見て、口元にだけ笑みを浮かべました。
どうやら当たっていたようで、奥にいた人が立ち上がりこちらに向かってきます。こげ茶色の髪に、細い目。制服の襟にはいくつか、徽章がついているようです。
変な愛想笑いを浮かべていないのは、好印象だわ。
「よくいらっしゃいました。リースマン伯爵、ご子息。わたしは支部長のカーミット・ベルトマンです」
「アリシアです、こちらは領主補佐のローランです」
カーミットさんは、ローランにもちゃんと挨拶をしてくれました。
「カーミットさん。余談はいいからすぐに話がしたいの。現状を見せていただけるかしら」
カーミットさんは、驚いたように細い目を大きくしてうなずきました。
「ええ、分かりました。用意してきます」
わたしたちは通された応接室のソファに落ち着きます。
ちらりとローランを見ると、少し頬をこわばらせているみたい、緊張しているようだわ。背中に手を当てると、跳ねるほど驚いて、睨んできました。声を出さずに「落ち着いて」と、伝えると素直にうなずきました。
ほどなく紙束を抱えたカーミットさんと、数名のギルド職員が入ってきました。
机の上にはリースマン領の地図が並びます。
なるほど、こういう形をしているのね。
横で覗き込んだローランが「……これが、我が領を流れる川の地図か」と小さくつぶやきました。
「ここが、我が家。ここが、この水路航行ギルドの事務所ね」
と指でその場所を指してみる。ローランはその指先を追うように視線を動かします。
わたしは地図の下側あたり、大きくS字に曲がりくねっている場所に指を置いた。
「ここが我が領の問題点ね」
カーミットさんが黙ってそれにうなずきました。
「外側は土砂が溜まるし、内側は堤防を削る構造になっている……であっている?」
『よしこさん、正解よ』
実はテレビで見たことがあるのよ。私の住んでいた国では水を制する者が藩を制するって感じでね。治水は大昔から川沿いに住む人たちにとって、とても大切なことだったの。
カーミットさんは、鉛筆でそのS字のカーブの先に線を書き込む。
「今回の築堤工事はここを行うと聞いています」
「あら、それだと。すぐに崩れてしまわない?」
「ええ、そういうものです」
カーミットさんは、うなずく。
「なるほど、大金を使って堤防を築いても、数年で崩れる。そして、また大金を使って堤防を作る。これを繰り返すからうちは貧乏なのね」
なるほどね、リースマン伯爵家は歴史のある貴族の家です。こういう大きな工事の費用を負担させるには、都合のいい家なのでしょう。下手に信用のならない家に任せれば、治水は滞り、国内のインフラが止まってしまう……だから。
「お母様!!」
ローランが声を荒立てた。
「なんです?大きな声で」
「ギルドの皆様の前でなんてことを」
見回すと、ギルドの皆さんが苦笑いをしていた。
「ごめんなさい。ついもったいないなって思ってしまって」
「ですが、現状この方法が妥当だそうでして……」
カーミットさんが頭を掻いて、周りのギルド職員を見回しました。皆も合わせてうなずいています。妥当……慣習という杜撰な確認が続いているのね、きっと。
ああ、うちが小麦粉で割と稼げてしまう家だったから、きっと誰も文句も言わず続けてきたのでしょう。だけど、ここにきてクソクソクソ旦那が、使い込んだから借金になって払えなくなってしまった。
なんてこと!
「理解しました。助成金は受け取りましたので工事はお願いすると思います。ですが、また同じように壊れる堤防にお金を出すことはできません」
わたしがそう言い切ると、カーミットさんたちは困ったように顔をしかめた。
「……お母様?」
「川を抑え込むのではなく。いなすことを考えましょう」
そして、鉛筆を使って地図に線を書き込みます。
カーミットさんたちは、明らかに鼻で笑いましたね。ローランは不安そうにこちらを見ています。
どうしましょう。かっこよく言ったつもりだったのだけど、指が震えるわ。




