04.お母さん、マーリンと話す
「マーリン、ソフィアが寝たら。養育記録を持って私の執務室に来てください」
マーリンは返事の代わりに、またぎゅっとスカートを握りました。
わたしは最後にソフィアをぎゅっと抱きしめました。ソフィアは嬉しそうに「きゃあ」と声を上げます。
そして「おやすみ」を伝えて部屋を出ました。
なんだか無性にローランも抱きしめたくなって、ローランの部屋に突撃しました。そして、ベッドに入っていたローランを布団ごとぎゅっと抱きしめました。こちらはすごく嫌そうな顔です。そうでした、そうでした。反抗期でした。
でも、これを日課にしたらどうかしら。
『ローランはすごく変な顔になってたわ』
アリシアさんが悲しそうな声を出します。
それなら寝る前に毎日笑うことができるわ。良い習慣になるわよ。
* * * *
そして、暗くなってからマーリンが部屋を訪ねてきた。
「奥様、どのようなご用でしょうか」
マーリンは執務机の前に立ち、礼をすると単刀直入に言いってきました。ソファがありますが座らないところを見ると、さっさと切り上げようとしているようですね、ですが、そうはさせないつもりです。
「長い話になるかもしれないわ。どうぞ座って」
マーリンは少しだけ嫌そうな顔をしましたが、ソファに座りました。
『マーリンって、こんな人だったのね』
アリシアさんが驚いたような声を出しています。
「では、まずは養育記録を見せて頂戴」
手を出すと、マーリンは持っていた手帳を差し出しました。
膝にのせてページを捲ります。養育記録はちゃんと毎日書き込まれていました。ただし、書かれていることは簡単なことだけ。「良好」「不調」その横に小さく『風邪気味』と書いてあったりするだけでした。
おかげですぐに見終わることができました。
「……これで全部?」
「はい」
「そう、睡眠時間や、食事量なんかは記録しないの?」
「私が覚えていますから」
そう言ってマーリンは眉にぎゅっと力を入れた。
「そうなのね。なら質問するわ。昨日ソフィアはいつごろ寝て、今日はいつごろ起きたの?」
マーリンはわたしの質問が、能力を査定するものだと感じたみたいです。少し背筋を伸ばして口を開きました。
「眠られたのは夜十一時頃。起きて来られたのは九時半ごろでした」
どうだと言わんばかりに、視線をこちらにむける。私は目を細めるだけにとどめた。
「今日の夕食は少ししか食べてなかったようだけど。いつもそうなの?」
「本日はパンを三口。スープはすべて召し上がられました。川海老とサラダは残してしまいましたが、おやつを召し上がっていたので、お腹は空いていなかったようです」
マーリンの答えは滑らかでした。
「すごいわ、さすがね」
マーリンは誇らしげに顎を上げます。
だけど、子どもにとって規則正しい生活と食事は大事なこと。マーリンは気づいてないのかしら。
「ソフィアはいつもそのくらいに寝るの?」
「……はい」
「食事前にお菓子を食べて、夕食が食べられなくなっても大丈夫だと思うの?」
「……はい。このくらいの子は食べることの方が大事ですから」
「どうやら、話し合いが足りなかったのね。わたしたち」
ふっと笑って、マーリンをみつめました。
「睡眠はローランと同じ、九時までには寝かせましょう。朝は六時くらいに起こすように。十分に睡眠をとることを心がけてください。おやつは控えて、できるだけ食事で栄養を取るように心がけて」
「ソフィア様が嫌がります」
マーリンはすぐに反論した。
「なら、寝かしつけはわたしがします。おやつも嫌がるようならわたしが止めていると言ってくれて構わない」
アリシアさん、マーリンから育児のことで相談されたことはある?
『いえ、ソフィアはいい子だと。彼女はいつも褒めていたわ。でも……』
アリシアさんは小さなため息を吐いた。
『あの子はいい子でいることを頑張っていたのね』
褒めてもらおうと頑張っていたのよ。その頑張りは認めてあげなきゃ。
『……そうね』
「マーリン、養育記録は朝昼晩の食事、おやつを食べたことも書いて。睡眠時間も。ソフィアの生活習慣を書いて頂戴」
わたしの言葉にマーリンが目を見開きました。
「……わたしはやめさせられるのではないのですか?」
「なぜ?」
マーリンはぎゅっと、わたしを睨むように見つめてきました。その表情はまるで……ああ、ソフィアを取られると思っているのね。
「あなたはソフィアから信頼されている。無理に引き離せばあの子が悲しむわ」
わたしの言葉を一つのこらず聞き逃さまいと、マーリンが顔をさらにきつくさせました。その顔に浮かぶのは信頼ではなく警戒。
「ただ、分かってほしいの。仕事でもあるけどこれは子育てよ。あなたにもお子様がいらっしゃるでしょう。ソフィアを自分の子どもだと思って接してほしい。自分の子ならおやつを食べすぎれば注意するし、夜遅くまで起きていれば怒るでしょう」
「……っ」
「嫌がるから遠ざけることと、大切にすることは同じではないわ。育児の先輩であるあなたから見れば頼りない母かもしれないけれど、これからはわたしにも相談して頂戴。二人でがんばりましょう」
マーリンはうつむいて何かを考えるように黙ってしまった。
わたしはその姿をじっと見つます。
真子とは、二人で育てましょうと言えなかった。ただ、取られるのが怖かった。
同じように愛していたのにね。
どうしましょう。いまごろ分かるなんて。




