03.お母さん、ソフィアと話す
「お母さん嫌い、真子ちゃん好き」
娘が何度も私に投げつけてきた言葉。今でもはっきりと覚えています……そう言われたときの胸の痛みを。でも絶対に、「だったら、真子の子になればいいじゃない」とは言えなかった。
だって、あの子はわたしの子にすると、そう決めたから。
嫌われる母親になってでも、あの子が大人になって恥をかかないように、甘やかさないことを決めた。
その分、夫や真子があの子を甘やかすから。
でも、わたしだって甘やかして良かったんじゃなかったのかしら。
あの子はわたしに甘えたかったんじゃなかったのかしら。
でも、もうそれを確認することもできない。
分かっているのは、子どもが何を求めているかを、ちゃんと見えていなかったということだけ。
「お母さん」
でもあの子がそう呼ぶのはわたしだけだった。
産んだ真子じゃなく。育てたわたしだけ。
良い母親って何なのかしらね。
わたしはマーリンを責める資格なんてないのかもしれない。
アリシアさん、マーリンと話すわ。
『ええ……』
同じくらい。ソフィアとも話すわ。
『はい』
そう決意して視線を上げました。皆はすでに食事が終わり、食後の挨拶をするところでした。
子どもたちはそれぞれの部屋に戻っていきました。マーリンとソフィアは手をつないで食堂を出ていきます。ローランは少し心配そうに振り返ったけれど、ひとりで部屋に帰っていきました。
「わたしはマーリンがソフィアのできることを奪うことをそのままにしておけない……それが優しさであっても。これって間違っているかしら」
『ううん……よしこさんの言う通りよ』
アリシアさんが沈んだ声を響かせる。
気を遣わせたわね。ありがとう、子育てに正解も間違いもないのよ。
「さあ、ソフィアの部屋に行きましょう」
* * * *
ソフィアの部屋は、子どもらしいラベンダー色の可愛い部屋です。白い家具と相まってドールハウスのよう。
「マーリン。さっきは感情的になってごめんなさいね。話がしたいの」
「……」
マーリンはスカートをぎゅっと握ると、わたしを睨みつけて来ました。そんなマーリンの顔をソフィアは心配そうに見上げています。
「ソフィア、お母様とお話ししましょう」
わたしは手を広げて呼びました。
ソフィアはぱっと顔を明るくしましたが、わたしのところへは来ませんでした。
『……っ』
アリシアさんが息をのむ音が聞こえます。
「ソフィアが来てくれないなら、お母様から行くわ」
わたしはソフィアの前にしゃがみこむとにっこりと微笑みかけます。
「ソフィア、ここに座りましょう」
子ども用の応接セットを指さしました。
「はい。おかあさま」
ソフィアは返事をすると、ちょこんと隣に座りました。
「まずはそうね。ソフィアの好きな色は何色かしら?」
「このお部屋の色です」
「そう、じゃあ。食べるものは何が好き?」
「なんでも食べられます」
「まあ、ソフィアはすごいのね。お母様はアップルパイが大好きよ」
「わたしも!大好きです」
ソフィアは目をキラキラさせて答える。
「苦いお野菜は苦手ね」
「あ、わたしも……」
ソフィアは言いかけて、小さな手で口を押え、ちらりとマーリンを見ました。
「苦いお野菜も食べられます」
「すごいわね。ソフィアは立派な淑女になれそう」
そう言って頭を撫でてあげると、ソフィアはほっとしたように微笑みました。
『よしこさん……』
好きなことも嫌いなことも、自分の気持ちを口にすることをためらっている。ただ大人に用意された「模範解答」をなぞっているのね。
『ソフィアはいつのまにか自分の好きなもの、嫌いなものも、言えなくなっていたのね』
アリシアさんの声が、ひどく小さくなりました。
褒められるよい子でいることが、ソフィアには一番安全だったのよ。
『よしこさん』
うん。
『この子はずっとこうやってきたのね』
ええ、とても、賢い子だわ。
食事中に見せたあの姿は、自分がないからではなかったのね。そうすることで大人が喜ぶからそうしていたのよ。
やはり思い込みは良くないわ。
この子は考えていないんじゃない。むしろその逆。
大人の顔色をうかがって、どう振舞えばいいかを一生懸命考えていたのだわ。
「ソフィア、今度お母様と一緒に、アップルパイを食べましょうね」
「はい」
ソフィアは胸に手を当ててうなずきました。
どうしましょう。ソフィアってホントに健気ね。




