01.お母さん、領地に立つ
やっぱり、王都と違って空が広いわね。
びゅうびゅう吹き荒れる風に髪を横になびかせながら思ってみました。遮るものがないから、風が強い!!そして、周りを見回しても、リースマン領で降りる人は、荷物とわたしたちだけみたい。
『お迎えはスコットさんが来てくれるはずよ』
わたしはうなずいてカバンを持ちあげつつ、辺りを見ました。
『スコットは、我が家の庭師ね』
「奥様、お待たせしました」
スコットさんはブルーのチェックシャツに、サロペットハンチング帽といういで立ちです。なぜか網とバケツを持っていました。
案内された馬車は日曜劇場で見たことある。赤毛のアンでマシューがアンを迎えに来たときの馬車にそっくりだわ。あれは……荷馬車ね。
パロットさんが心なしかひきつった笑みを浮かべていらっしゃるわ。
「あの、パロットさんは、スコットさんのお隣へどうぞ。荷台にはわたしが乗りますから」
「えっと、あの……」
「そうしないとたぶん、パロットさんのお尻が死ぬわよ?」
パロットさんは、平民とはいえ都会育ちのお坊ちゃんだもの。
パロットさんは迷ったようですが、やはりお尻は大事みたいで、御者台に乗り込みました。わたしも、荷台に乗ります。ここはリースマンの作法にのっとって、カバンの上に座りました。荷台に直接だとやはり、お尻が死んでしまいます。
ごとごと揺られることしばし。……って、道も整備が必要ね。
そして、初めて来たのに記憶があるので、懐かしい領主邸に着きました。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、奥様」
扉の前では『家令のグエン』さんが待っていてくれました。
「子どもたちは?」
「お二人とも、お部屋にいらっしゃいます」
さすが、反抗期と乳母べったりね。長いこと空けていたのに寂しがってもくれないわ。
「こちら紹介するわ。会計士のパロットさん、我が家の帳簿を見てくれることになったの」
グエンさんは驚いたように、パロットさんを上下に見ました。きっと、どこからそんなお金が……とか思ってる顔ね。
「安心して、ツケだから。自分の給料は自分で捻出してくださいます」
グエンさんの顔が、なんとも言えないものになりました。
「ツケというか。月末払いです」
パロットさんが訂正してくれましたが、より一層、グエンさんの顔が渋くなりました。
「パロットさんには客間を用意してください。わたしは子どもたちに会ってきます」
邸に入ると、やはり……装飾などなく質実剛健でした。華やかな花瓶はありますが、花は飾ってありません。そして、王都のタウンハウス同様、家具や調度はアンティークです。歴史のある家ですもの。
二階に上がって奥にある南向きの部屋の扉を叩きます。
「ローラン?」
返事がありませんが入ってみます。ローランは、彼の体には少々大きな机に向かって、勉強をしていました。
「ただいま帰りました」
「……」
あら本当に反抗期。
「ただいま帰りました」
一度目は、聞こえなかった可能性があります。ですが、二度目はわざとです。
ふぅと、息を吐くと彼が見ている本を取り上げました。
「ただいま帰りました」
「……」
三度目は正直ですね。
「どうやらあなたには伯爵家の嫡男としての意識が足りないようね。どんな場合でも挨拶は大事だわ。それが社交の基礎の基礎であること、分かってないのかしら」
ローランはきっと目を鋭くして見上げて来ました。
本を取り返そうと、手を伸ばしてきましたが、さっと高く掲げてローランと目を合わせます。
「た・だ・い・ま」
「なんだよ、うるさいな!」
「母親が帰ってきたのだから、おかえりなさいでしょう。それで、終わるのにうるさくさせているのはあなたです」
また、口を開いて何かを言おうとしたので、問答無用で抱きしめました。
「ローラン、ただいま」
「……おかえり」
ああ、やっぱり子どもってかわいいわね。
「わたしとっても、寂しかったわ」
「……」
これには答えてくれませんでしたが、満足です。彼に本を返して部屋を出ていきました。次は隣の部屋ね。
中に入ると、天使がいました。
ふわふわの栗色の髪に、エメラルドみたいなくりっとした大きな瞳。アリシアさんの言う通りとってもかわいい女の子です。
「ソフィア、ただいま」
「おかえりなさいませ、奥様」
ソフィアに話しかけたのに、乳母が返事をします。こちらも力が要りますね。
「ソフィア、ただいま」
ソフィアはこちらに顔を向けすぐに、乳母の顔を見上げています。乳母がうなずいたのを確認してまた私に向き直りました。
「おかえりなさいませ、おかあさま」
あら、声も可愛い。
「ソフィア、お母様ずっとあなたに会えなくて寂しかったの。抱きしめさせて」
両手を広げて待ってみます。
ソフィアは乳母のスカートを握って、また乳母を見上げています。まあ、なんてことかしら。ローランの反抗期よりイラっとします。
わたしは近づいてから、ソフィアを抱きしめました。ですが、乳母のスカートを握る手は離れませんでした。
確か乳母の名前は、「マーリン、ちょっと席を外してください」
ソフィアがピクリと体を揺らしました。
「ソフィア様がそれを望まれないと……」
「そう、あなたはわたしのお願いより、ソフィアのお願いを優先するのね」
わたしはソフィアから離れました。
狼狽えて目を揺らすさまは、八歳だというのに幼い印象が拭えません。でも、強引にしすぎるとこの子は余計に逃げてしまいそう。
あらら、紅茶と、甘いお菓子がテーブルの上に置いてありました。
食事前だというのに。
「マーリン。また二人でお話をしましょう」
「はい。奥様」
マーリンは恭しく答えましたが、視線は何か疑うようなものでした。
どうしましょう、子どもたちが想像以上だわ。




