23.お母さん、悩む
ロバートさんは夕食を食べて、発光しながら帰っていきました。
それを見届けて、自室に戻ります。
そして、また頭の中に広がるのはあの「公妾」という頼まれごとです。
私はさっさと部屋着にしているゆるいワンピースに着替えました。これを着るとあとは寝るだけ、と心の底からほっとします。ばさりとベッドに寝転がるとうーんと伸びをして、天蓋を見つめました。
そして二人で脳内会議です。
「アリシアさん、わたし公妾という役目のことを何も存じ上げないのだけれど。アリシアさんはどこまで知っているの?」
『公妾は伴侶のいない高位貴族の妻の仕事、つまり女主人を代わりに務める人のことを言うの。どこまで家庭に口を出すかは、契約で決められるけど。社交の場でのパートナー。私邸の経営。子どもの教育。夜のお相手も含まれているわ』
「それって、愛人じゃない」
公爵様、あんな紳士な顔をしていてなんてことを頼んできているの。
『この世界では『公妾』ってちゃんと歴史のあるお仕事なのよ。はるか昔、初めて公妾となられたレディ・カバナンは王の相談相手として、政治にも深く関わったとか。とても聡明な方で王の良きパートナーだったと伝えられているわ。それ以来、制度としても確立されていて、選ばれる人にも条件があるの。ひとつは寡婦、もしくは既婚者と決まっている。そして、伯爵家以上で、高位貴族の隣に立っても差し支えないマナーと教養を持つ人ってね』
「既婚者……」
『ええ、世継ぎや、遺産で揉めないためよ。帰る家庭があるからこそ、仕事として務められる』
「要するにあなたは公爵夫人にはなりません。あなたの子どもが公爵家を継ぐこともありません。あなた自身の家庭を捨てる必要もありませんってことね。合理的だけど、女性側には何のメリットもないわね」
『メリットは、お金と、後ろ盾ね』
「ああ……公爵様もそうおっしゃってたわね」
「でも分かったわ。要するに……由緒ある愛人ね」
『よしこさん、はしょりすぎよ』
アリシアさんは小さく咳払いをした。
『もうちょっと情緒を考えましょうよ』
ごめんなさい。でもこの国にもたくさん、既婚者はいるでしょう。それこそ、石を投げれば当たるくらいには! どうしてアリシアさん、あなたにお願いしたのかってことが気になるわ。
『公妾は契約者と結婚できないというルールは、建前でやはり特別になりたいと、迫る人も少なからずいるのよ。それは、女性側からだったり、男性側からだったり。でもアレク先輩は亡くなった奥様を愛している。だから、私なら愛することはないってことじゃないかしら? それによしこさんも靡かなかったし……愛されたくもないのだわ』
「……アリシアさん」
『ちょっと振られたみたいな。雰囲気を出すのはやめて。確かに、ほんのりだけど好きだった時期もあるわ。だけど、今は私と同じように子ども二人を育てながら公務もしてって、そういうところに親しみを感じていただけだから』
アリシアさんがごまかすように慌てて言いつのっています。
そうね。アリシアさんはずっと領のために頑張ってきたんだものね。
でも手っ取り早く再婚すればいいのに、面倒な公妾なんて制度がなぜあるかってことよね。世継ぎと、遺産も理由になると思う。だけど、踏み込ませないための柵であるのかもしれない。
死んだ人に誠実なのも大変ね。うちの夫なんて、きっと今頃、もう……真子を……。
ぎゅっと頭を押さえて、思考を飛ばした。
「……比べるものでもないわね」
「うん、わたしは……まだ決められないわ。だって、子育てもするって、相手のお子様を見ていないし。子どもを預かるって、命を預かるってことだもの」
そして顔を上げて天井を見上げる。
「でも、一番はアリシアさんの心を守りたいの。あなたはどうしたい?」
『分からないわ。でも、私のままでアレク先輩に会っていたら、こんなお話は出なかったと思う』
少し、落ち込んだ声でした。
『よしこさんって、ほんとにアレク先輩に全然興味がなかったもの。私にはできない』
「それはだって、直樹(息子)より年下なのよ?」
『……ああ』
ということで、このお話は受けるか受けないかは、まず相手方とどういう契約をするかね。子どもが絡むなら子どもに会いたい。お金の面もどこまで出してくれるのか。後ろ盾も……。
こう考えると、この役目を受けるかどうかは、条件によるってことね。
返事は少し待ってくださるみたいだし、ならいったん領地に戻りましょう。
人の家の子より、まずは自分の家の子をちゃんと見ないと……ということで、公爵様には条件を知りたいって返事を書いて。パロットさんは領についてきてくれるか確認して。あとは、ロバートさんは……彼には何もしなくていいわね。ブライアンはさっさと捕まって頂戴。
そうしましょう。
『そうね、まずは助成金があったのは確認できたもの。築堤工事は予定通り進められそう。ローランと、ソフィアにも会いたいわ』
「反抗期と、乳母にべったりの?」
『そう、私の周り問題だらけね』
アリシアさんが申し訳なさそうにつぶやいた。
子育て中なんてそんなもんよ。ずっと、怒涛。わたしは専業主婦だったけどそれでも大変だったわ。アリシアさんにはお仕事もあったんだもの大変なのは当たり前よ。
『よしこさあーん。私頑張る』
どうしましょう。ほんとに……どうしましょう。




