22.お母さん本音を言う
タウンハウスに帰りました。まるで魔法が溶けたような心地がします。相変わらず我がタウンハウスは、趣がありますね。
玄関に入ると、トムが出迎えてくれました。
「あの……今日もロバート様がいらっしゃっています」
「……今日も?」
思わず聞き返してしまいました。副ギルド長って暇なのかしら。
「それで、今日はなんといろいろと食材も持ってきてくださっていて」
トムが嬉しそうにニコニコと報告をしてくれます。
「まあ!」
あら、気が利くのね。公爵邸でのお食事を覚えているうちに、お料理がしたかったのよ。
『よしこさんってほんとにぶれないわね』
アリシアさんがあきれたような声で言います。
「リースマン伯爵。お邪魔しています」
ロバートさんが応接室から出てきました。邪魔すんなら帰ってと、言いたくなるところを抑えてほほ笑みました。
「過分なお土産をいただいたようで、ありがとうございます」
「いえ、伯爵の料理が忘れられなくてね」
ふふふふふと笑っておきます。
ロバートさんも目を細めてはははははと笑っています。
こう見るとロバートさんも、アレクセイ様も高位の貴族であるのに、真逆ね。ロバートさんは全く感情も思考も読ませず、誰に対しても一律で鉄壁、そこに誠実さがある方だけど、アレクセイ様はなんとなく相手を汲んで対応されるので誠実さが伝わるというか。まっすぐというか。
貴族って何を誠実とするかでこうも違うのね。
「伯爵。今失礼なことを考えていましたね」
「あら、言いがかりですわ」
そうです、契約書と言えばこの人が詳しいわ。
『よしこさん?』
アリシアさんが慌てています。
「ロバートさん。少しご相談があるのですが」
「はい」
『よしこさん!!!』
アリシアさんの声が大きい。
「……公爵のことですね」
あら、するどい。って、それもそうね。今日は公爵様に会いに行くと言っていたもの。
「ええ、ちょっと大変なことを相談されて。でもわたし、領に戻らなければならないから」
ロバートさんは、ふっと目に力を入れて何かを考えはじめたようです。
「……あなたほどの人を、領に押し込めるのはもったいないですね」
そして、いつものあの商売人の目です。あら、何かを企み始めた様子、どうしましょう。
「私も考えていたのですよ。あなたを王都に留め置く理由を。いっそ、ブライアンを追い出して、孫の嫁にでもしようかと……」
あらまあ、今回は腹芸ではないようです。全部口から出ていますね。
「ロバートさん、お孫さんがいらっしゃるのね」
「ええ、長男の子で十歳です」
「息子より小さいわ。わたしを犯罪者にする気ですか」
ロバートさんは苦笑いをしました。
「ええ、ですから口には出さなかったのです」
「今出ています!」
ロバートさんは申し訳ないと言いながらも、笑っています。
『やっぱりこの人、狸親父だわ』
アリシアさんが呟きました。こればっかりは同意です。
「ですが、それよりも数段良い手が生まれたのですね。さすが、リースマン伯爵。大魚を釣って来られたようだ」
「今日行ったのは釣りではなく。会食ですわ」
ですがその答えにもうれしそうに微笑まれてしまいました。
「安心して王都にとどまるためには、領の運営をどうにかするのと、留まるための理由が必要ですね。領の運営については、私の伝手を使ってよい人間を紹介しましょう。留まる理由についてはじっくり考えて答えを出すことをお勧めします」
『ほんとにこの人は察しが良すぎるわ。あまり頼りすぎるのも良くないわね』
アリシアさんが警戒をあらわにしています。
それもそうね。
「ああ、ところで今日は何の用事で?」
「伯爵家の居心地が良すぎて……」
わたしはいまだ布のかかった家財や、少し年季の入ったじゅうたんを見てロバートさんを見つめます。
「ええ、伯爵がいる場所がですね」
そう言ってにっこり笑いました。もう、何も言わないでおきます。
「ではわたし、夕食の準備がありますので」
スカートをつまんで礼をします。
「……楽しみにしています」
手をひらひらと振って、見送られました。食材を持ってきてくれるから許しますけど。
厨房に届けられていたのは、海鮮と野菜でした。それに……米だわ!!!
ガッツポーズして突き上げました。
食べたかった、米!
『よしこさん……なんだかちっともお願いを聞いてあげられる余裕がなくてごめんなさいね』
「ほんと、借金。貧乏。公爵と、利権おじさん。次から次へとほんとに」
私はお米を両手で掬ってみました。しっかり精米されているわ。
「……楽しい」
ふいにため息のように出ました。
『楽しい?』
「ええ、日本で生きていた頃のわたしなんて、夫とも会話がなくて自分の声を忘れるくらいだったのに。ここではアリシアさんがずっとそばにいてくれるんですもの」
『……』
アリシアさんは、しばらく何も言いませんでした。
「こうして毎日、誰かと話をして。怒ったり、笑ったり、困ったりして。忙しいけれど……」
私は両手に掬った米を見つめました。
「ちゃんと、生きている気がするのよ」
『……よしこさん』
「だから、謝らなくていいの。むしろ、ありがとう」
私はイカを手に取って、まな板に置きます。
「魚介とお米と言えば、パエリアね」
久しぶりのお米にテンションが上がります。
どうしましょう。アリシアさんが黙ってしまったわ。




