20.お母さん、料理を堪能する
まず出てきたのは黄金色のスープ。ドキドキしながら口に含みます。
ああ、なんてこと。こんな複雑な味……鶏かしら? 鶏? じっくりと滋味深い野菜の甘みもあります。とっても手間がかかっている味がするわ。シェフを呼んで頂戴!
『よしこさん?』
「……おいしい」
がっついていると思われないぎりぎりの速さで、スープをいただきました。食べ終わるとすぐに、新しいグラスに薄桃色の飲み物が注がれます。すっきりとした後味。
そして、グラスを置くタイミングで大きなお皿がきました。どうしましょう給仕も完璧だわ。
レストランではないから、これが何かの説明はなくて、見ただけでは何かさっぱりわからないものが並んでいます。
どうしましょう。どうしましょう。
これはトマト、これはパプリカ。これはアスパラかしら。野菜の味が嫌味なく広がります。そこにちょっと癖のあるチーズが香ります。これ、こんなちょっぴりなの……ボウルいっぱい食べられるわ。
ふいに笑い声が右方向から聞こえました。
食べることに夢中で、忘れていました。公爵様を見ると、彼も上品な手つきで食事されています。こう食べる仕草も美しいですが、食べ終わったお皿もきれいだわ。
「……さすがです」
わたし思わずつぶやいてしまいました。唐突な感想に公爵様が顔を上げました。
「ありがとう……口に合っているだろうか」
「とってもおいしいです」
公爵様の前には、湯気の立つ皿が置かれました。そして、わたしの前にも。
あらー……立派なお肉。早速切り分けて一口いただきます。これお肉もおいしいけど、ソースがおいしいわね。付け合わせのピリッとした葉っぱ、いい仕事してるわ。きのこ……いいお味のきのこ。
そして、次に出てきたみじん切りのお野菜のサラダも食べ終わり、最後にデザートが出てきました。あら可愛らしいって……ちょっと待って、この黄色いレモンのゼリーらしきもの。わたしの今日のドレスの黄色にそっくり。わたしのドレスは玉ねぎだけど。
驚いて顔を上げると、公爵様と目があいました。
「今日のあなたに合わせたようだ」
「……とても素敵ですね」
すごい、公爵家ともなると、日本人より『おもてなし』だわ。しかもしっかり、お腹いっぱいになりました。大満足です。
いまなら、怪しくても羽毛布団もサプリもお水も言い値で買います!
『よしこさん、まだ詐欺を疑っているの?』
食事を終えると、公爵様が立ち上がって、わたしの椅子を引いてくれました。
「よければ、ティールームで話をしよう」
「はい」
心の中では「はい喜んで!」って元気に声を上げています。
案内されて小食堂を出ると、こぢんまりとした部屋に到着しました。もうすでに、部屋の中では侍女たちが控えていました。公爵様の手を借りて、中央にあった花柄のソファに座ります。
窓からの光がレースのカーテンで柔らかく室内を照らします。この部屋は落ち着いた雰囲気ですね。そして、侍女たちはお茶を準備すると、皆揃って部屋を出ていきました。
まあ、流れるように二人きりになったわ。良いのかしら。
『アレク先輩だから心配はないけれど、本来は逃げてね』
アリシアさんが冷静です。
わたしはさっそく紅茶に口をつけて、ほっと息を吐きます。この紅茶もどことなく桃のような香りがする良いお茶です。とっても、おいしい。うちのお茶は……ロバートさんが顔芸を披露するような味でしたからね。この世界のお茶はああいうものだと思っていましたが。
「その様子だと、口にあったようだ」
公爵様は笑みを浮かべてこちらを見ていました。
「先ほどのお食事もこの紅茶もとってもおいしいです。素敵なおもてなしありがとうございます」
公爵様は驚いた顔をした後、一層笑みを深くしました。
「……どういたしまして」
どういう表情ですか? おかしなことを言ったつもりはないのに……。あら、ご機嫌取りかと思われたのかしら。
「あの本当においしかったです。シェフを連れて帰りたいくらい」
「私ではなくシェフですか」
公爵様はさらに面白そうに笑いました。
「……なぜ公爵様を連れて帰らないといけないの」
はてどうして、首をかしげると、公爵様が声を出して笑いはじめました。
『よしこさーん』
アリシアさんが悲壮な声を上げました。
『そこは、公爵様も素敵ですとか何とか言いましょうよ』
だって、公爵様を連れて帰っても、観賞用くらいしか思いつかないけど、シェフならお料理を教われるわ。
やっと笑うのが止まった公爵様が目じりを拭っています。
「本当に君はいいね。卒業してから君は何を?」
「わたしは領地に引きこもっていました」
「そうか。君は領地経営の成績優秀者だったな」
そうなの?
『ええ、プラチナピンズをもらうくらいには。でも先輩がそれを覚えてくれていたなんて』
アリシアさんは嬉しそうに声を震わせています。
わたしはふふふと笑っておきます。
「君は真面目で、努力家。生徒会でもずいぶん助けてもらった」
分かるわ。アリシアさんそんな感じがする! 亡くなってからも資格を取ったりしているものね。
わたしは「……そんなこともありましたね」と、無難に答えます。わたしの思い出ではありませんので。
「そんな君に頼みたいことがある」
どうしましょう。やっぱり来たわ。詐欺? 無理難題? 公爵様の笑みが怖いわ。




