19.お母さん、公爵邸へ
約束の時間ぴったりに公爵から迎えの馬車が着きました。
侍女にはネリアを付けました。と言ってもうちはネリアしかいないのだけど。トムの手を借りて馬車に乗りましたが、公爵家の馬車……すごいです。商業ギルドの馬車も、うちの馬車に比べれば天上の乗り物でしたが、それよりも上をいきます。手触りの良い座席はしっかりとクッションが効いていて、屋敷にあるソファよりも座り心地が素晴らしい。ああ、神は細部に宿ると言いますが、内装が神だらけです。
リースマンの馬車がエコノミーなら、商業ギルドは、ビジネス。公爵家の馬車はファーストクラスのようです。乗ったことはありませんが。
「……ずっと乗ってたいわ」
『あの……なんだか。ごめんなさいね』
アリシアさんの申し訳なさそうな声が聞こえました。
ああ、こちらこそ。はしゃいでごめんなさい。リースマンの馬車は壊れて修理するにもお金がないものね。
馬車の窓から外を覗いてみました。あら、お城に向かってる?
『いえ、あれは公爵邸です』
近づくまで信じませんでしたが、馬車はアリシアさんの言う通り、お城みたいな家に入っていきました。門からも遠いわ。なんだか、公爵家って桁違いなのね。
すうっと……揺れもなく馬車寄せに着いたようです。ドアが開きました。そこに紺色の丈の長いワンピースを着た女性が三人と、それを率いるグレイヘアの背筋がピンとした男性が立っていました。
「ようこそ、リースマン伯爵」
「お招きありがとうございます」
彼が手を差し出すので、ちょんと指先だけ添えました。ええ、こういう時のお作法は、アリシアさんの体が覚えているので任せます。
見上げるほどに大きな扉だわ。これなら馬車ごと入れそう。
内心ははしゃいでいますが、視線はまっすぐよりちょっと下を見て、足音も立てず歩いています。ほんと、すごいわ。
通された応接間は、どうやら庭に面した部屋のようで、大きな窓から緑豊かな庭が輝かんばかりに見えました。こういうの借景というんだったかしら。借景はお寺とかだったかしら。
「とてもきれいな庭ですね」
ただの景色というにはあまりにも、見事なお庭です。
「お褒めに預かり光栄です。職人たちも喜ぶでしょう」
職人たち!! たくさんいらっしゃるのねー……うちは、全部ひっくるめてトムだけよ。
今のところ出てくるものがすごいしかないわ。アリシアさん、すごい人とお知り合いだったのね。
『王立学院は義務なので、王族、貴族の子息子女は皆通わなければならないのよ。だから、会えたの』
扉を叩く音が聞こえました。立ち上がってそちらを見ます。
「よく来てくれた。アリシア・リースマン」
『ふぁっ』
低くよく通る声です。見た最初の印象は、背が高い子。それに手足が長いわ。お顔はなんだか甘い顔立ちなのね。三十二歳というには貫禄があります。
「お招きくださり、ありがとうございます。アレクセイ・シルフォード様」
スカートをつまみ、小さく礼をします。
「小食堂まで案内します」
エスコートのために、シルフォード公爵が手を差し出しました。まあ、指も長いわ、いまどきの子ね。
「ありがとうございます」
その手にチョンっと、指先をのせました。
『……ひっ』
アリシアさん?
公爵家はどこもかしこも天井が高いわ。それに長い廊下には落ち着いた色のじゅうたんが敷かれているし。これは掃除の人が大変ね。
って、アリシアさんがすごく大人しいわ。公爵様が現れてから「ふあ」と「ひ」しかしゃべってないわ。
『だって……よしこさん。全生徒のあこがれの会長。アレクセイ・シルフォード様よ』
まあまあまあ、ミーハーしてたのね。
『憧れない女子がいますか? 家柄、剣術。それに頭もよくて、リーダーシップがあって』
それにかっこいいと……女の子ねぇ。じゃあ、しっかり今の公爵様も目に焼き付けといてあげますからね。
と、気づけば小食堂に到着していました。それにしても長い廊下だわ。
公爵様は、お誕生日席に、わたしは入り口側の列の、公爵様からは二個ほど離れた席に座りました。
小食堂と言っても、二十人は座れそうなテーブルだわ。
それにしても、グラスもカトラリーも並んでるわねぇ。これはアリシアさんの腕の見せ所よ。
『はい! 頑張ります』
元気の良い返事に笑ってしまいました。ふと視線を上げると、公爵様と目が合いました。そして、今度は淑女の笑みを浮かべました。
さあ、始まります。意気込んで最初のグラスを手に取りました。
どうしましょう。さっそく出たお水がほんのりミントの香りがしておいしいわ。




