14.お母さん、思いつく
ガラス工房からの帰り商業ギルドの前で下ろしてもらいました。わたしたちはまた市場の中を散策します。ドレス屋さんものぞいてみましたが、やっぱりお高いのね。それに、置いてあるものは布ばかりで、オーダーしてから縫うようで、手芸屋さんみたいでした。
ただまあ、見ているあいだ店員さんがぴったり後をついてくるのが煩わしかったわ。
こんな格好だし人を見て商売するのは仕方ないわ。それでも、刺しゅう糸と、針を買わせてもらって店を後にしました。
ええ、お客様になれば文句は言えないでしょう。
他にもいろいろと、お店をのぞいてみましたがこうピンっと来るものがなくてしょんぼりです。
仕方なく夕飯の食材を買って帰ることにしました。
お野菜はどこも新鮮で、日本でもよく見ていたものばかり。すごく不思議だけれど深く考えると頭がおかしくなりそうだからそこは考えないようにしました。
でも日本を思い出すと、日本食が食べたくなります。
親子丼が食べたい。
鶏肉と、卵と、玉ねぎ。残念ながらお醤油はないから塩ネギ親子丼ね。いや、お米もないから、塩ネギ親子うどんね。余裕ができたら、お米を探したり、醤油とかお味噌とかにもチャレンジしたいけれど、今は公爵様との会食を攻略しないと。
そしてふとひらめきました。
「そうだわ。玉ねぎよ!」
「奥様?」
一緒に野菜を見ていたネリアが驚いている。
「ちょっとお店の方。玉ねぎの皮……あるだけ売ってくださらない?」
「え? 奥様?」
お店の方は、驚きながらも売ってくださいました。しかも、とってもお安く。
続いては牛乳を、これは古くてもかまわないわ。
私はそれぞれを大事に抱えて、また商業ギルドに戻りました。
すぐに、ロバートさんが出てきました。
「リースマン伯爵。今度は何を?」
「ミョウバンを売っているお店を紹介してくださらない?」
ええ、もうロバートさんは便利マップ扱いです。
「それに、大きなお鍋を売っているお店も」
すぐに調べて案内してくださいました。これで欲しいものが集まりました。
「また、見学させていただいても?」
ロバートさんが目の奥を光らせながら聞いてきます。それは断る隙のない笑顔です。こちらも答えずうっすら笑っておきました。
「馬車まで案内します」
ダメ押しされてしまいました。今日は良く動いたので馬車は抗いがたい誘惑です。
「では、お言葉に甘えて」
タウンハウスまで送っていただきました。
「おかえりなさいませ、奥様」
玄関で迎えてくれたトムは、不思議そうな顔でロバートさんを見ています。あら、みるみる顔色が悪くなっているわ。
「これは……ベルナール侯爵家のロバート・ベルナール様!」
わたしは思わず振り返って、ロバートさんを見ました。とてもいい笑顔が返ってきます。
「いえ、私はもう。侯爵家からは出ています。いまはただのロバート・ベルナールです」
『ごめんなさい。私も驚きすぎて言葉もないわ。でもそうよね。ベルナール家と言えば、建国と同じくらい古い家柄を持ち、商務省の官僚を多く輩出する名門だもの。副ギルド長なのもおかしくはないわ』
アリシアさんは、はわわといった感じで声を震わせています。
侯爵家とはやんごとなきおうち?
「まあ、それでお店に詳しいのね」
ロバートさんは、ぷっと噴き出して笑いだした。
最近落ち着いてきていたトムがまた慌てている。
「すみません、粗末な家ですがどうぞ。おあがりください」
仕方がないのでわたしが家へ案内しました。
ああ、そうだわ。うち幽霊屋敷だったわ。どうしましょう。せっかく、リースマン領は貧乏ではないと言い張ったのに。
「……粗末。ふっ」
振り返ると、ロバートさんはいつもの胡散臭い笑みをうかべていらっしゃいました。
ですが、中を見ていただきたいわ。ネリアが頑張って整えているので、管理は行き届いています。家具や、調度も代々受け継いできたものですから、趣があります。
もう一度振り返って、ロバートさんに笑いかけてみます。
ロバートさんは特にリアクションもなく微笑んでいました。きっと、お茶を出してお話でも、なんてことは期待していないわね。なら、さっさと目的のものを仕上げましょうか。
「ネリア、あの黄ばんだ白いドレスを持ってきて頂戴」
ブルべに合う色はなにも、薄い青ばかりではないわ。むしろ、アリシアさんの緑の目に合わせるのはこちらの方が似合うかも。
さあ、まずはたくさんお湯を沸かしましょう。
どうしましょう、実験ってどうしてこんなに楽しいのかしら。




