禅那園焼き討ち
スメール焼天録:覇臣、神を虜にして諸国を号令す
三万の鉄蹄が禅那園に踏み込んだ刹那、臧覇は冷笑して燃えさかる魚油弾を投げつけた。
知恵宮の学者・アルハイゼンは我が身をもって炎を遮ろうとしたが、李黒の長戟に胸を串刺しにされた。
カヴェは叫びながら囚車に突進し、乱矢が心を貫く寸前に血塗れの設計図をナヒーダの袖に押し込んだ。
ティナリの焼け焦げた狐の耳が陳衛の槍先に挑まれた時、ナヒーダは滚滚たる黒煙の中で瞳を開いた。
新生の草なる神の瞳孔には、焼かれたコレイの半顔が映り、彼女はゆっくりと妖しい笑みを浮かべた。
「スメールの玉座は…
代わる者が座るべきだ」
禅那園の静寂は、鉄蹄に砕かれた最初の落ち葉によって終焉を告げられた。
はじめはただ、地平線を蠢く不吉な黒線。
大地の胸を震わせる鈍い轟音と共に。
園を守るスメールの兵士たちは武器を握りしめ、指先は氷のように冷たかった。
その黒線は急速に広がり、膨れ上がり、果てしなき鋼鉄の潮流と化した。
漆黒の呂布軍旗が風になびき、まるで死のための幡のようにはためく。
三万の并州狼騎、甲冑は冷たい光を反射し、沈黙のまま押し寄せる。
その軍容は息をのむほどに壮盛だった。
臧覇は軍の先頭で馬を止め、黒々とした顔の肉を引き締め、
眉から顎にかけて走る古傷が一層凶悪さを際立たせていた。
彼は瞼を細め、伝説の知恵の浄土を眺めた。
楼閣は美しく草木は青々と、空気には寧神花の淡き香りがただよい、
背後の軍が放つ鉄錆と汗の臭いとはあまりにも相容れなかった。
「チッ、女共の住まう場所だな」
べちゃりと唾を吐き、彼の声はざらついていた。
「李黒!」
「配下、参上!」
副将の李黒が馬を進めた。痩せこけているが眼光は毒蛇のようで、
手にする長戟は寒気をはらんでいた。
「陳衛!」
「おる!」
反対側から、大柄な陳衛が声を上げ、
大ぶりな巨斧を担ぎ、黄ばんだ歯をむき出しに笑った。
臧覇は鞭先を静かな園に向けた。
「丞相はあの草なる神を生かして欲しい。
その他は、鶏犬も残すな。」
一瞬、言葉を切らせて補う。
「手際よく。丞相の“天子を挟んで諸侯を号令す”計画を遅らせるな。」
李黒は陰気に笑った。
「将軍、ご安心を。きれいさっぱり焼き払い、
息のある小神様だけ残しておきます。」
陳衛は興奮して唇を舐め、巨斧を虚空に振り下ろした。
「わし、ずっと学者を何人か割いてみたかったんだよ!」
命令が下ると、前衛の兵士たちは黙って土器を取り出した。
口には魚油を含ませた布が詰められ、
鼻をつく臭いが瞬く間に香りを消し去った。
最初の燃えさかる魚油弾が空を裂き、
悲しげな轟音を立て、美しい楼閣に叩きつけられた。
「ドガアッ!」
炎は飢えた獣のように一気に立ち上がり、
木材、布、書物……そして逃げ遅れた命まで飲み込んだ。
続いて二発目、三発目……無数に!
空には火の雨が降り、優雅な禅那園はたちまち地獄と化した。
炎は奔り、黒煙は立ち込め、
悲鳴と叫び声が、いつもの読経の声を引き裂いた。
美しき建物は火の中で呻きながら崩れ落ち、
尊き典籍は舞う黒蝶となり、
焦げくさいにおいが吐き気を催した。
「防御せよ!急げ!民を守って退かせ!」
澄んだが焦る声が混乱を貫く。
ティナリ、フェネックの獣耳が怒りと緊張でぴんと立ち、
手の弓は矢を連発し、
群衆に紛れ込んだ呂布軍の兵たちを的確に地に串刺しにした。
背後には、慌てて逃げ惑う学者と民たち。
「巡林官!東だ!東からまた敵が襲ってくる!」
まだ幼さの残る少女、コレイ。
火に焼かれた顔は黒ずんでいるが、恐怖をこらえ、
スメール制式の短刀を振り、
倒れた老人を必死で守っていた。
動作は拙いが、異常に固かった。
「コレイ!近くにいろ!」
ティナリは叫び、矢を火の壺を投げようとする敵兵に貫いた。
しかし火の海は情け知らず、敵はなお一層無情だ。
漆黒の潮流が四方八方から押し寄せ、切り裂き、虐殺する。
知恵の浄土は、絶対暴力の鉄蹄の前で、
無防備に脆かった。
「草なる神を探し出せ!」
臧覇は火の外で指揮を執り、声は冷酷だった。
李黒は長戟を振り、精鋭を率いて園の中心へ。
「ついて来い!」
一つの影が忽然と行く手を阻んだ。
アルハイゼン、大書記官。
普段は整った衣も灰と血にまみれ、
手の剣は唸りを上げ、瞳は依然として不快なほど冷静だった。
「此れを通すな」
声は平坦だが、譲れぬ決意が滲んでいた。
「学者が剣でも弄るか?」
李黒は嗤い、長戟を毒竜のように突き出す。
「砕け!」
金鉄交じる音が炸裂する。
アルハイゼンの剣術は精確で効率的、飾り一つなく、
全ての格挡、斬撃が的確で、
しばらく李黒と数人の精鋭を前に進ませなかった。
彼は岩のように、死の潮流を頑として阻んだ。
しかし相手は百戦錬磨の猛将、
そして底なしの兵たち。
一矢がよけて肩を貫く。動きが一瞬、滞った。
隙!
李黒の瞳に殺気が迸り、
長戟は刹那の隙を捉え、空気を引き裂き、狂暴に突進!
「プシャア――」
戟の先は抵抗なくアルハイゼンの胸を貫き、
背中から血塗れの刃が突き出た。
アルハイゼンの体は猛然と硬直し、
手の剣はガチャリと落ちた。
彼は胸の戟を見下ろし、再び李黒を見上げる。
いつも無表情な瞳に、最後に微かな……嘲笑?
敵にか、己にか。
李黒は狞笑し、勢いよく長戟を引き抜く。
血が滝のように噴き出し、焦土を染めた。
大書記官はゆっくりと跪き、ついに地に倒れ、
身下には赤い血潮が広がった。
「ハイゼン様!!!」
遠くで、粗末な道具で火を消し、人々を導こうとする建築家・カヴェ。
すべてを目撃し、心引き裂かれる叫びを上げた。
美しき顔は灰と涙で汚れ、金の髪は額に張り付き、
いつも芸術への狂気を宿した瞳は、今や無限の悲憤と絶望に満ちていた。
彼は臧覇の中軍が、特別に作られた頑丈な囚車を囲み、
園の奥へ進むのを見た。
それが何を意味するか、彼は知っていた。
「いや……いや!許さん!」
カヴェは狂ったように、
燃える廃墟から焼け焦げた木を掴み、
我を忘れて囚車に突進。
「返せ!この畜生め!」
矢は雨のように彼の周りに落ち、足元の土を射抜く。
彼はよろめき、避け、叫び、
炎に飛び込む蛾のようだった。
「カヴェ様を守れ!」
ティナリは厳しく命じ、矢を追手に連発する。
しかし敵は多すぎ、濃すぎた。
コレイは助けに行こうとするが、
逃げ惑う人波に押され、ティナリから遠ざかる。
「ティナリ師匠!」と叫ぶ。
一矢が熱気を伴って飛んでくる。
ティナリは子供たちを庇い、猛然と身をかわす。
「シュリッ!」
矢は右肩に深く刺さり、ほとんど体を奪われんばかり。
彼はうめき、半ひざにつく。
この瞬間、隙をうかがっていた陳衛がチャンスを見た。
彼は狂ったように笑い、戦車のように燃えるがれきを蹴散らし、
千钧の力を込めて巨斧を振り下ろす!
ティナリは痛みをこらえ、弓を挙げて受け止める。
「カチャリ!」
頑丈な弓は巨斧に砕かれた!
大きな衝撃がティナリの胸に叩きつけられ、
血を吐いて飛ばされ、燃える柱に激突し、地に転がる。
焼けた土と血が蒼白い顔を覆い、
いつも敏感に動いていた狐の耳は力なく垂れ、
縁は火に焼かれて丸まり黒ずんでいた。
陳衛は大股に近づき、巨斧の面でティナリの背中を強く叩き、
完全に反抗不能にした。
そして残虐な戯れのように、
靴先でティナリの顔を蹴り、
腰を曲げ、乱暴に焼け焦げた両の耳を掴んだ。
「これ、わしの戦利品にする!」
狂い笑い、猛然と引きちぎる!
人ならざる悲鳴が火場に響き渡る。
血しぶきの中、
巡林官の誇りと鋭敏さを象徴する狐の耳は、
陳衛によって強引に引きちぎられ、
血塗れの槍先に挑まれ、高く掲げられた!
「師匠――!!!」
コレイはこの極限の残酷を目撃し、
瞳は針のように小さくなり、
世界は色を失い、
ただ師匠の倒れた姿と、槍先に揺れる血塗れの……
彼女の心はまるで同じ手に握り締められ、引き裂かれ、
音もなく砕ける哀鳴を上げた。
極限の悲嘆と絶望が一瞬にして力を抜き、
彼女は石化したように立ち尽くした。
一方、カヴェは幾重もの妨害を突破し、
血まみれで囚車の横に躍り出た。
囚車の中、幼き草なる神・ナヒーダは両手を縛られ、
碧い瞳は彼女のために燃える地獄を見つめ、
空っぽで胸を痛めた。
「ナヒーダ……」
カヴェは血を吐くように呼びかけ、
無駄に囚車の格子を掴もうとする。
素早く血塗れの衣の内ポケットから、
血に染まった設計図を取り出す。
それは未完成の理想図かもしれぬ、
スメール再建の希望かもしれぬ。
必死にナヒーダの袖に押し込む。
「生き延びろ……必ず……」
言葉が終わらぬうち、
十数本の槍が背後から一気に彼の体を貫いた!
カヴェは猛然と衝撃を受け、動きがすべて止まった。
彼は胸から突き出た血滴る槍先を見下ろし、
苦しそうに頭を上げ、最後にナヒーダを一目見て、
唇を動かすが、ついに何も言えなかった。
口から血が溢れ、前に倒れ、
指は囚われの檻に届かず、
焦熱の地面にたたきつけられた。
無数の美しき線を描いたその手は、
微かに痙攣し、やがて動かなくなった。
矢はなお撃ち込まれ、廃墟の上に彼を串刺しにした。
ナヒーダの袖の設計図は、
彼の温かい血に染み渡っていた。
地獄は燃え、叫びは続く。
しかし中心部は、不気味な静寂に包まれた。
臧覇、李黒、陳衛、そして配下の兵たちの視線は、
すべて囚車の中に集まった。
ナヒーダはゆっくり、ゆっくりと頭を上げた。
幼き体は大きな檻の中で無防備に見え、
白い髪は熱風になびき、灰をまとっていた。
碧い瞳は、いつもの清らかさや慈しみを失い、
そこには満天の火、敷き詰まる屍、
炎に焼かれて黒ずんだコレイの半顔、
極限の苦痛と空洞が固まった表情……
そして槍先には、
まだ血を滴らせるティナリの焦げた狐の耳。
彼女の視線は、
徐々にアルハイゼンの屍、
矢に貫かれ土を握り締めるカヴェの両手へと移り……
そして無限の惨劇を映す瞳は、
ゆっくり、ゆっくりと上がり、
最終的に、凶悪でいながらやや驚く臧覇の顔に落ちた。
静寂の中、炎はパチパチと音を立てる。
幼き神の顔には、何の表情もない。
悲しみも、怒りも、恐怖もない。
まるですべての感情が、
極限の惨劇の中で焼き尽くされたかのよう。
そして、黒煙と血が織りなす空の下、
破壊と死を映す瞳の奥、
極めて妖しく、冷たく、歪に近い弧が、
幼い唇の端から、
少しずつ……少しずつ……浮かび上がった。
それは子供の笑いではない。
人間の笑いですらない。
喜びも悲しみも超え、
魂の底から戦慄を覚えさせる無関心さ……そして嘲笑。
彼女は笑った。
炎に飲み込まれそうなほど小さく、
しかし雷のように鮮明な声が、
すべての生存者の鼓膜に叩きつけられた。
「スメールの玉座は……」
「……代わる者が座るべきだ。」




