練山の戦い
沈玉谷・血戦の果て
沈玉谷の上空、黒雲が渦巻き、雷鳴は巨獣の唸りのように響き、血と炎の洗礼が迫っていることを予兆していた。
スメール軍、フォンテーヌ軍、そして夜蘭の義勇軍の旗が風になびき、三つの色の奔流は鉄の海へと集結し、麓から怒涛のように押し上げていく。
懸練山——袁軍最後の砦は、まるで盘踞する猛虎のように、襲い来る敵を見下ろしていた。
山頂にて袁尚は黒の甲冑を身にまとい、鷲のような眼光で冷ややかに麓を眺めていた。側に控える許攸、審配、袁買らの面持ちは険しかったが、それでも最後の傲慢を失ってはいなかった。
「主公、敵の勢いは盛りなり。堅く守り出でず、時間を稼いで様子を見るべきです」審配が低く進言する。
「守る?」許攸は冷笑した。「今や外に援軍なく、内に兵糧なし。引き延ばしたところで、結局は窮鼠の猫を噛むようなものよ」
袁尚は手を挙げて二人の言い争いを止め、落ち着いた声で言った。
「今日の戦いは、死あれど生なし。諸賢、共に討て!」
戦太鼓が打ち鳴らされ、天地を揺るがす。
フォンテーヌ軍の槍陣は移動する鉄壁のように、落石や丸太を浴びながらも山道に血路を切り開いた。スメール軍の弓手は背後から矢の雨を降らせ、山上の守備軍を圧迫する。夜蘭の義勇軍は鋭い短刀のように闇の庇護の下、崖をよじ登り、敵の側背へと斬り込んでいく。
山風が吼え、刃物の衝突音と兵士の叫び声が混ざり合う。
許攸の死
許攸は中腹の高台に立ち、令旗を持って弓手に反撃を指揮しようとしていた。
「放て、早く放て!」
声をからして叫ぶ。
突然、黒い影が彼の背後の闇から鬼魅のように現れた。
「許先生、その矢、届くかしら?」
夜蘭の声は冷ややかで、嘲りを含んでいた。
許攸は驚愕し、振り返ろうとした瞬間、短剣が毒蛇のように喉元を貫いた。血しぶきが噴き、彼は信じられないように目を見開き、冷たい岩の上に倒れた。
夜蘭は剣の血をそっと拭い、山頂へ視線を送る。
「袁尚、お前の終わりよ」
審配の死
反対側の山道では、フォンテーヌ軍と袁軍が凄惨な肉弾戦を繰り広げていた。
審配は自ら陣頭に立ち、大刀を振るってフォンテーヌ兵を数人斬り倒していた。
「我に阻むものは死あるのみ!」
吼え、防衛陣を立て直そうとする。
「討て!」
重々しい叫びと共に、スメール軍の猛将・アフマンが重歩兵隊を率いて陣に突入した。
アフマンは膂力絶倫で、手にする大斧は旋風のように舞い、行く手を阻む袁兵を次々と薙ぎ倒す。審配と正面から切り結び、斧と刀が激突し火花を散らす。
「審配、その忠義、向かう先を誤った!」
アフマンは一声轟かせ、一気に力を込めた。大斧は審配の大刀を弾き飛ばし、続けて振り下ろされ、審配の身体を真っ二つに斬り裂いた。
袁買の死
袁買は若く気炎が盛んで、精鋭騎兵隊を率いてフォンテーヌ軍の槍陣を側面から突破しようとした。
だが彼はフォンテーヌ軍の守りを甘く見ていた。槍の林が彼らを人馬共々串刺しにする。
袁買自身も槍で貫かれ、馬から墜落した。最期の瞬間、瞳には未練と絶望が充ち満ちていた。
陳琳の恥辱と胡桃の怒り
戦いは白熱化し、袁尚の側近の策士・陳琳が夜蘭の義勇兵に捕らえられた。
陳琳は胡桃の前に引き出された。
胡桃——スメール軍の特別顧問。見た目は可愛らしいが、独特な「往生」の務めで知られる少女である。
陳琳は無害そうな少女と見做し、冷笑しながら侮辱の言葉を吐く。
「棺桶売りの小娘め。父親や爺さんまでお前の手で死なせたのか? 不吉な化物め!」
胡桃の表情は一瞬で凍りついた。彼女が最も敬うのは父と祖父だった。
「陳琳」
胡桃の声は低く、危険な響きを持っていた。
「私を罵るのは構わない。だが家族を罵るのは、お前の最大の誤りよ」
彼女は自ら近づき、兵士から鍬を奪い、地面に穴を掘り始めた。
「お、お前何をする……?」
陳琳は恐怖に色を失い後ずさる。
「送り届けるわ。往生じゃない。生き埋めにして」
陳琳の絶叫の中、胡桃と兵士たちは彼を穴に落とし、土を被せていく。
「憎むぞ……必ず報う……!」
声は土に遮られ次第に濁り、やがて完全に消えた。
胡桃は手を払い、まるで些細な用事を済ませただけのように、再び戦場へ向かった。
袁尚の死
相次ぐ猛将の戦死により、懸練山の防衛線は崩れ去った。
袁尚は三面から挟み撃ちにされ、包囲の中に閉じ込められた。
「主公、逃げてください!」
側近の親衛が吼える。
「逃げる?」袁尚は自嘲した。「天下広しといえど、もはや我が身を置く場所などない」
四方を見渡せば、旧配下の兵はわずかとなっていた。彼の時代は終わったと悟った。
「来い!」
袁尚は槍を挙げ、最期の叫びを上げて敵中に斬り込んだ。
最期は無数の槍に刺され、血の海に倒れた。
エピローグ:沈玉谷は奪還された
袁尚の首級が高々と掲げられた時、懸練山の戦いは完全に終結した。
袁軍の旗は倒れ、スメール、フォンテーヌ、夜蘭の旗が山頂で風になびいた。
長らく袁軍に支配されていた沈玉谷は、ついに民の手に戻った。
夕陽が雲間から差し、傷だらけの大地に金色の輝きを浴びせた。
胡桃は山頂に立ち、沈む沈玉谷を眺め、ほっと息をこぼした。
「父様、祖父様……仇を取りました」
夜蘭がそばに歩み寄り、肩を叩く。
「行こう。まだやるべきことが多いわ」
二人は肩を並べて下山していく。
夕陽がその背を長く長く伸ばしていた。




