天遒谷の戦い
天遒谷・鉄騎の絶唱
天遒谷、風は刀の如く肌を刺す。
細長い谷の道には、両側の壁のような崖が陽光を飲み込み、薄暗い陰影だけが残されていた。馬超は馬を止め、胯下の「里飛沙」が落ち着かず蹄を掻きむしる。彼は手を挙げて全軍に停止を命じ、黄金の甲冑が闇の中でも冷たい輝きを放っていた。
「前方は地形が険要で、伏兵がいる恐れがある」
龐徳が馬を進め、声は鉄のように重く穏やかだった。
馬岱は槍を握り、若い面に戦いへの渇きに満ちていた。
「兄上、我々は父の命を受けて援軍に向かう身です。ここで足止めされれば、長安が危ない!」
馬超は軽く頷き、瞳に消えない闘志を燃やしていた。この道の険しさはよく知っているが、西涼の錦馬超として、挑戦を恐れることはない。
「伝令せよ!」
馬超は虎頭湛金槍を抜き、「全軍警戒、急いで天遒谷を通過せよ!」
一声の命令により、一万人の西涼鉄騎は濤のように谷の道を奔り抜けた。鉄蹄の音は耳をつんざかんばかりで、舞い上がる土煙と共に、狭い谷を砕かんとする勢いだった。
しかし鉄騎の陣が谷の中ほどに差し掛かった瞬間、突然変事が起きた!
陥陣の志、死あれど生なし
「放て!」
鋭い喝采と共に、谷の両側の崖から、待ち伏せていた弓弩手が一斉に矢を放った。刹那、矢の雨が黒雲のように降り注ぎ、悲鳴が次々と上がった。
「陣を組め!」
馬超は怒鳴り、槍を狂乱のように振るい、飛んでくる矢を次々と払い飛ばした。西涼鉄騎は訓練が行き届き、素早く隊形を固め、矛と盾を掲げて鉄の壁を築いた。
だが陣形が落ち着く暇もなく、谷の入り口から重たい戦太鼓の音が響いた。続いて一隊の軍勢が銅鉄の壁のようにゆっくりと進み出てきた。
先頭に立つ大将は、三叉束髪紫金冠を戴き、西川紅綿百花袍をまとい、獣面呑頭連環鎧を身に纏い、腰に勒甲玲瓏獅蛮帯を結び、手に方天画戟を持ち、胯下に嘶風赤兎馬を駆っている。まさに「人には呂布があり、馬には赤兎があり」と謳われた無双の猛将、呂布である。
呂布の背後には高順が率いる八千人の陥陣営が控えていた。皆が重鎧を身にまとい、長戟と巨盾を持ち、足並みは一糸乱れず、まるで移動する鉄の砦のようだった。
「馬超の小僧!」
呂布の声が洪鐘のように谷に響き渡る。
「汝の父・馬騰は反逆を起こし、罪は死に値する!今日は丞相の命を受け、ここでお前の首を取る!」
馬超は怒りが込み上げて笑った。
「呂布!汝はただの気まぐれな三姓の奴隷に過ぎぬ、我の前で大言を吐くな!」
言い終わるや否や、馬超は馬の腹に足を挟み、虎頭湛金槍で呂布の喉元を突いた。呂布は鼻で笑い、方天画戟を千軍を払うが如く振るい、馬超の槍を払いのけた。
二頭の馬が交差し、金鉄の交わる音が耳を貫く。一方は西涼の錦馬超、槍は遊龍の如く;一方は天下無双の呂奉先、戟は猛虎の如し。二人は打ち合い、互角の戦いを繰り広げた。
伏兵四面に起こり、窮地の獣
馬超と呂布が激闘を繰り広げる隙に、高順の率いる陥陣営が波のように谷になだれ込み、西涼鉄騎と凄惨な殺陣を繰り広げた。
陥陣営の兵士たちは幾つもの固い小陣形を組み、盾を外側に、矛を内側に構え、まるで動く針の山のようだった。西涼鉄騎の突撃は勇猛ではあったが、この狭い地形では優位性が完全に消し飛んでいた。馬の嘶き、兵士の怒号、兵器の衝突音が入り混じり、悲壮な戦歌となった。
「兄上、東側に伏兵だ!」
混乱の戦場から馬岱の叫びが突然響いた。
馬超は心が沈んだ。見上げると谷の東側の坂から、歩兵隊が巨大な岩や丸木を押しながら、投げ落とそうとしている。
「陳宮!」
馬超は歯ぎしりをした。この知謀に長けた策士がここまで伏線を張っていたとは思わなかった。
岩と丸木が雹のように叩き落され、西涼鉄騎を人馬共々打ち砕いた。多くの兵士は脳味噌を飛ばされ、馬は驚いて狂奔し、軍勢はたちまち混乱に陥った。
「龐徳!後軍を守れ!」
馬超は怒鳴りながら再び呂布に突進した。目前の最強の敵を倒さねば、生き残る望みはないと悟っていた。
しかし呂布の瞳には残忍な輝きが宿っていた。馬超の窮状を見抜き、手にする方天画戟はますます鋭くなり、一撃一撃が致命的だった。
兄弟墜ち、英雄の末路
「馬岱、気をつけろ!」
龐徳の叫び声に、馬超の心は喉元までつき上げられた。
振り返ると、馬岱が呂布と戦っていた。呂布の戟法は山のように重く、一撃一撃に千斤の力が籠もっている。馬岱は若く気負ってはいたが、とても呂布の敵ではない。数合を交えるだけで、馬岱は次々と後退を余儀なくされた。
突然、呂布は隙を突き、方天画戟を毒蛇のように馬岱の胸に突き刺した。馬岱は不意を突かれ、槍に貫かれ、血しぶきが噴き出した。
「弟!」
馬超は目を裂かんばかりにして、切なる叫びを上げた。馬を引き返して救おうとするが、呂布の方天画戟が影のように纏わりつき、身動ごとができない。
「龐徳!」
馬超は再び怒鳴った。
龐徳は今、数人の陥陣営兵の攻囲を必死に耐えていた。馬超の声を聞き、彼は歯を食いしばり、大刀を振り回して敵を払いのけ、馬岱が倒れた場所へ馬を走らせた。
しかし数歩進んだところで、呂布が放った冷たい矢が横から襲い、正中龐徳の喉元だった。龐徳の体は突然硬直し、馬から墜落し、二度と動かなかった。
「不――!」
馬超の瞳から血涙が流れ落ちた。わずかな間に、最も身近な弟と、最も忠実な副将を失ったのだ。
力尽きて敗れ、無念の遁走
「馬超、汝の死期は来た!」
呂布の声が再び響き、猫が鼠を弄ぶような戯れ声が混じっていた。
馬超は深く息を吸い、胸の悲しみと怒りをすべて力に変えた。槍術はますます狂暴になり、一撃一撃に全力を込めた。だが、もはや呂布に勝てはしないと悟っていた。
西涼鉄騎は分断され包囲され、絶望的な状況に陥っていた。一万人の鉄騎は、今や二千人にも満たず、しかも皆が傷だらけだ。
「将軍、急いで遁走しましょう!」
一人の親衛が馬を進め、大声で叫んだ。
「これ以上遅れれば手遅れです!」
馬超は血戦を続ける兵士たちを振り返り、瞳に苦しみが宿った。だが、ここで死ぬわけにはいかない。西涼の旗を自分の手で倒させるわけにはいかない。
「撤け!」
馬超はついに撤退の命令を下した。
勢いよく一撃を放って呂布を引き離し、馬の頭を振り返らせ、残部を率いて谷の出口へ遁走した。呂布は鼻で笑い、追いかけるが、数人の忠実な西涼兵が必死に食い止めた。
血戦の末、馬超は百人にも満たない親衛を率い、なんとか天遒谷を脱出した。振り返れば谷の中はすでに火の海と化し、殺気立つ声は次第に静まっていった。
天遒谷は、西涼鉄騎の墓場となった。
馬超は馬を止め、遠くの天遒谷を眺め、瞳に復讐の炎を燃やしていた。
「呂布、この仇、報いずして人たることなかれ!」




