構築式
俺たちが戦闘の隙間を縫い、祭壇へと駆け抜けていた――その裏で。
リナとレビアは、一体の異形と対峙していた。
「神への贄を拒絶するならば……死して魂を捧げるのです」
《【特妖】削僧》
白装束、三つ目、そして“削除”の妖術。
存在そのものを書き換える、規格外の権能を持つ怪物。
「もちろん、算段はあるのだな? リナよ」
「えぇ――勝ち筋は、既に確定しています」
短いやり取り。だがその裏で、リナの思考は既に数千、数万の分岐を走査していた。
(発動条件は額の第三眼による“視認”。回避は困難、耐性は無意味――ならば“到達させない”か、“帰還させる”かの二択)
結論は出ている。
直後、削僧の額の眼が開いた。
「さぁ……贄となるのです」
[『削除妖術』抹消]
視線が走る。
その軌道上にある全てが――消えた。
木々が崩れる暇すらなく、岩が砕ける音すらなく。
数キロ先までの景色が、世界から“抜け落ちる”。
空間が、穴のように欠けた。
(直撃すれば終わり……接触の概念すら成立しない即時削除)
だが。
[『水龍妖術』水龍翼]
レビアの背に、水が噴き上がる。
それは一瞬で翼へと形を変え――天を裂く。
「さぁ、行くぞ!」
轟音。衝撃波。
大地を抉りながら、レビアは空へ跳ね上がる。
「まずは貴女からです」
削僧の首が異様な軌道で回転し、空を捉える。
――来る。
視線が、空を“削りながら”迫る。
雲が消え、空気が消え、空の輪郭すら削げ落ちていく。
(光速以上……だが直線軌道、予測は可能!)
レビアは翼を翻し、軌道を外す。
純粋な機動で“追尾”を振り切る。
同時に。
リナは森を駆けていた。
(本体は動かない。だが視線の自由度は高い……加えて)
「不届きな者よ……死に体となりなさい」
削僧の左目が――爆ぜた。
その瞬間、空中に“眼”が生まれる。
[『削除妖術』円式削除の眼]
自律型。全方位監視。
死角を消し飛ばす、第二の砲台。
瞳孔が光る。
「来ると分かっています」
[『構築妖術』支配の式]
リナが展開した構式へ、削除の光が侵入する。
本来なら――ここで終わり。
術式ごと“消される”。
だが。
[『構成妖術』再構成]
光が――曲がる。
あり得ない角度で屈折し、空を裂いて逸れていく。
森が削れ、地面が消える。だが――リナには一切届かない。
削僧の顔に、初めて“疑問”が浮かぶ。
(何が起きた……?)
リナは止まらない。
「単純な話よ。あなたの“削除”は光学的な視線に依存している」
指先で構式を弾く。
「なら、その経路を書き換えればいい」
空気が震える。
酸素、窒素、微粒子。
その場に存在する元素を再配列し――透明な多層ガラスへと変質。
屈折率を段階的に変化させ、光路を強制的に湾曲させる。
「視認しているつもりでも、実際に届く光は“別方向”」
結果。
削除は“当たらない”。
(視線そのものを騙した……だと?)
削僧の思考が、ようやく加速する。
「動いたわね、頭脳が」
その瞬間。
――雷鳴。
「やっと我の出番だ!」
天空から、レビアが急降下する。
削僧が視線を向ける。
だがその直前。
空中に――海が出現した。
巨大な水塊。圧倒的質量。
視線が突き刺さり、内部で減衰していく。
それでも――完全には止まらない。
「最初から読んでおる!」
レビアの口元が歪む。
「貴様の挙動は……全て履修済みだ!」
予視妖術。
5億通りの未来分岐を同時観測し、最適解を選択する絶対演算。
(単層では抜かれる……ならば“反射”へ誘導)
「だから、私がここに居るんです」
[『構築妖術』構式]
水塊の後方――そこに現れる。
数キロに渡る、巨大な鏡面構造。
多層。多重。完全対称。
「その力……ご自身で受けてみては?」
削除が水を抜け、鏡に到達する。
一層目が削れる。
二層目が消える。
だが――三層目。
角度が、僅かにズレる。
反射。
跳ね返った“削除”が、一直線に削僧を捉えた。
「神よ――」
言い切る前に。
その存在は、世界から消えた。
痕跡すら残さず。
まるで最初から――存在しなかったかのように。




