削除と死絶
祭壇の前に佇む、真っ白な装束の男。
その首はあり得ない角度で真後ろへと回り、顔は白布で覆われている。
人の形をしている。だが――中身は、決定的に違う。
「なにあれ……妖怪?」
「恐らくな……それも、かなり質が悪いタイプだ」
麗華が眉をしかめる。空気そのものが、じわりと腐敗していくような嫌悪感。
あの存在は“生き物”ではない。概念の歪みが、無理やり肉を被っている。
男の腕が、ゆっくりとこちらへ向いた。
「またあの技……!」
布越しに、視線が定まる。
――狙われた。
[『削除妖術』削除]
空間が歪む。音も、光も置き去りにして、“消失”という結果だけが先行する。
その直線上にいたのは――ミレ。
(死ぬのにゃ……!)
理解した瞬間には、もう遅い。
削除は“過程”を持たない。ただ“存在しなかった結果”へと書き換える。
――だが。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
クレーターを穿ち、俺がその直線に割り込む。
「俺の前で、させるわけないだろ」
「宝様! 危ないです!」
ナミダの水壁が展開される。だが、間に合わない。
それでも俺は――一切、揺れない。
迫る“削除”に対して、ただ腕を伸ばす。
[『死絶妖術』死の手]
――掴んだ。
形の無いはずの“削除”という概念を、この手で。
そして――握り潰す。
パキン、と。
何かが砕ける音が、確かに響いた。
「概念を……殺した?」
「そんな事、できるの!?」
ナミダと茜が息を呑む。
本来、概念は干渉不能。触れることすら不可能な領域。
「あぁ……璃炎の妖術だ」
炎の神格・璃炎。
その神骸に宿っていた“死絶”の権能。
触れたものを終わらせる力。
時間も、因果も、存在そのものさえ――例外ではない。
(とはいえ万能じゃない……触れられる数は二つまで)
制約がある以上、受けに回れば詰む。
なら――最短で潰す。
重心を落とし、踏み込む準備。
その時。
「神への贄とならぬなら……その記録を抹消しよう」
再び、腕が上がる。
狙いは――ナミダ。
「危ないのにゃ!」
[『猫又妖術』猫速]
ミレが音もなく加速。
しなやかな脚が地を裂き、ナミダを抱えて軌道から離脱。
直後、背後の大木が――消えた。
砕けるのではない。最初から存在しなかったかのように、跡形もなく。
「間に合ったのにゃ……!」
だが、それで終わりではない。
男の背後――そこに、もう一つの影。
麗華だ。
[『桜鈴妖術』桜太刀]
男の首が、ギギギと異音を立てて回転する。
だが――遅い。
「はぁッ!」
桜色の斬撃が、空間を埋め尽くした。
一閃。十閃。百閃。
そのすべてが“同時”に叩き込まれる。
地面が裂け、木々が粉砕され、空間そのものが切り刻まれる。
血飛沫が霧のように舞い、両腕が断たれる。
「よしっ決まった!」
勝負は決した――そう思った、その瞬間。
麗華の桜太刀が――消えた。
「嘘……!?」
(布を斬ったのに……消えてない!?)
媒介ではなかった。
男の肩が震える。
押し殺した怒りが、音を立てて漏れ出す。
「神の贄を拒み……御布を穢すとは……」
ゆっくりと顔が上がる。
その額に――もう一つの“眼”。
三つ目。
それが、麗華を捉える。
「やばっ……!」
[『構築妖術』反射幕]
瞬間、光が弾ける。
リナの構築した多層光膜が展開され、視線そのものを屈折させる。
削除が、歪み――霧散した。
「光の方向を……曲げたのか」
「ごめんなさい、構式に少し時間がかかったわ」
リナとレビアが前に出る。
その背中は、揺るがない。
対峙する三つ目の怪物と、真正面から向き合う。
「裂け目の出現時間は有限よ」
静かに、だが断言する。
「ここは私が抑える。あなた達は神格の元へ」
短い沈黙。
「……わかった。死ぬなよ、リナ」
「もちろんよ」
「ワタシたちに任せておけ!」
その声には、一片の迷いもなかった。




