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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月3日-5




 がららっ・・・・・・



「あ、お、お疲れ様です、店長」

「おうっ! 今日もよろしく頼むよ、渡城くん!!!」



 店に入ると、今日も開店前なのにねじり鉢巻で気合いっぱいの店長の姿が

あった。あわてて挨拶すると、僕の10倍ぐらいのテンションの返事が返って

きた。相変わらず暑い…いや、熱い人だ。


「着替えたらさっそくだけどテーブル拭きから頼むよ! タレや調味料なんかの

状態も見て、足りなかったら補充! よろしくぅ!!」

「は、はい。分かりました!」


 つられて僕の返事もつい大きなものになってしまう。こういうお店では

店員の元気良さもけっこう重要な要素なのだ。



 制服…といっても、店の名前の入ったTシャツとジーパンと前掛けなのだけど、

更衣室で着替えていると、自然にスイッチが入る。僕も店長ほどではなくても、

無理やりでもテンションを上げていかねば。


 さっそく言われたとおり、テーブルの点検から始める。開店の5時まであと

10分もない。とはいえすでに準備は万端のようで、僕はその確認をするだけだ。


「全部オッケーです! 店長!」

「あいよーーっ! じゃあそろそろ…開けるか!」




 店長が店先にのれんをかけると、何分もしないうちにお客さんが入ってきた。

 こうして今日もハードな一日が始まったのだった。もう夕方だけど。

「すいませーん。タン塩三人前ねー」

「はいよーっ!」



「中落ちカルビ五人前追加でー!」

「はいーっ!」




「お待たせしましたー! 上ロースと生ビールです!」


「こちらホルモン盛り合わせになりまーす!」



「こっち、石焼きビビンバ二つお願いねーー!」

「はーーーいっ! 喜んでーーー!」

「はぁぁぁぁぁ……」



 ようやくバイトの終了時間になり、更衣室の椅子に腰かけていると、大きな

ため息がつい出た。たっぷり4時間以上働いたせいで、今日もそこそこ疲れた。


 今日は平日だったから、さほどお客さんの数も多くはなかったし、途中から

もう一人バイトの桜井さんが入ってくれたおかげで、この程度で済んだのだろう

けど、土日はこんなもんではなさそうだ。

 それを思うと、今後のシフトが恐ろしい……。


「さて、とにかく帰るか……」



 ぱぱっと元の学生服に着替え、更衣室を後にした僕は、桜井さんと店長に挨拶

だけして、そうそうに店を後にした。

 なるべく急いで帰ろう。僕はバイト中に浮かんだアイディアを胸の奥にしまい

込みながら、家路を急ぐことにした。




「う………ちょっと寒いな…」


 11月の頭だけど、今晩は妙に冷える。さっきまで熱気ムンムンの店にいたから

余計にそう感じるのかもしれないけれど、店の外に出たとたん、僕は外の空気に

ぶるっと震えた。


 さっきまで寄り道なんかするつもりもなかったのに、思いのほかの寒さに

あっさり僕の心は折れた。

 とりあえず僕はコンビニで肉まんでも買うことにした。そいつを湯たんぽ

代わりにして、家に着く寸前に食べるのだ。

 なぜなら家まで持って帰ったら、絵依子のヤツに見つかって、確実に食われて

しまうだろう。



 店のある路地を抜け、ヅダヤのある大通りまで出ると、確か近くにドーソンが

あったはずだ。

 少し小走りになりながら、僕は目的の地へと向かった。



「お、あったあった……」


 目的の場所はすぐに見つかった。ぎらぎら光る看板の近くの入り口のドアを

引こうと手をかけた瞬間、やけに軽くドアが開いた。


「…あ」

「……ん…」


 僕が引くと同時に、向こうからも押されてドアが開いたんだろう。入れ違いに

なって、僕のすぐ横を女の子がすり抜けていった。

 でも、すれ違いざまにちらりとこっちを見たその子の横顔が見えた時、僕は…

思わず息を呑んだ。


「な……、え、絵依……!」



 一瞬だけ見えたその子の…その女の子の横顔は…絵依子そのものだった。

だけど、とっさに出た僕の言葉など聞こえなかったように、その女の子は

僕のことなど気にも留めずに、すたすたとコンビニの外へ歩いていった。


「え………?」


 思わず呆然としながらその後ろ姿を目で見送ったものの、よくよく見れば

今の子は……絵依子なんかじゃない。

 …いや、確かに絵依子とは背格好はよく似ている。でも、後ろ姿からでも

分かる。服装があいつのセンスとはまるで違うのだ。


 この寒空に、背中も丸見えの、えらく丈の短いノースリーブにミニスカート。

 いつもゴスロリ服を好んで着ている絵依子とは…真逆だ。

 だいたい、こんな時間にあいつが一人で駅前をウロウロするなんて…今まで

一度もなかったことだ。




 …ふと僕は、以前にあったことを思い出した。こんなことは少し前にもあった。

あの時もバイト帰りで、よく見ればまるっきり似ていない女の子を、絵依子と

見間違えたのだ。





「……なんなんだよ、これ」


 …誰も彼もが絵依子に見えるって、ちょっとヤバいのではないか。我ながら

呆れるのを通り越して、自分で自分が怖くなる。

 いくら疲れてるにしても、これじゃまるで…………


「い、いや! 違う、そんなんじゃないっ!」


 とっさに頭を振って、つい浮かんできたバカな考えを追い出す。

 そうだ、昨日の文化祭の片付けやバイトの疲れで、見間違えた…いや、幻覚

みたいなのを見ただけだ。


 …ただ…それだけのことだ。



 とりあえずそう自分を納得させたものの、もう買い物をする気にもなれず、

僕はそのまま反転して、家路に就くことにしたのだった。







「ただいま……」

 静かに鍵を差し、なるべく音を立てないように玄関を開ける。ダイニングに

入ると、絵依子は珍しく静かに雑誌を読んでいた。


「あ、おかえり、お兄ちゃん」

「あぁ…、う、うん。ただいま……」



 僕の存在に気づいた絵依子が雑誌から顔を上げ、ちらりと僕を見て、また雑誌に

視線を落とす。なにか…少しイライラしているような、どこか不機嫌そうな様子の

絵依子に、さっき見た不思議な光景が重なる。


 あれがただの幻覚だとは分かっている。だけど万が一の可能性もある。少し

だけ迷ったものの、僕は自分の椅子に腰掛けながら、意を決して口を開いた。


「な、なぁ。ちょっといいか、絵依子」

「なに? どうしたの?」


「お、おまえさ、さっき…駅前に……いなかったよな…?」

「…なに言ってんのお兄ちゃん。わたしずっとお家にいたよ?」



「あ、や、やっぱりそうだよな。いや、なんでもない。あはは……、…はぁ」

「……? ヘンなお兄ちゃん……」




 一瞬だけ雑誌から視線を上げた絵依子の答えに、ついため息が出た。やっぱり

あれは見間違いとか幻覚だったのだ。


 …とりあえず、なるべく近い内にメガネ屋に行こうと僕は思った。




 少し落ち着いてから、僕は紅茶を淹れ始めた。たっぷり4杯はいける量の

お湯を、並々とティーポットに入れる。


 カップを二つ棚から下ろし、その間にしっかり蒸らしておいた紅茶を

静かに注ぐ。砂糖と牛乳を紅茶の風味を損なわないギリギリの最大量を投入し、

何とか「ミルクっぽい紅茶」に留められた飲み物を、僕はすっと絵依子の前に

置いてやった。


「……あ、ありがと」


 ようやく顔を上げ、少し驚いたような表情を浮かべて絵依子がカップを口に

運ぶ。熱いかどうかを確かめるように、おそるおそる舌を出したり引っ込め

たりと、紅茶ひとつを飲むだけなのに忙しいことこの上ない。



「…もぉ、なに? また人の顔をジロジロ見て……」

「あ、いや、ところで今日はどうするんだ? 出かけるか?」

「え……?」



 ずずず、と紅茶をすすりながら、これまた驚いたように絵依子がこっちを

向いて答えた。



「お兄ちゃん…疲れてるんじゃないの? 無理しなくていいよ?」

「でも、ここんとこ忙しくて、全然行けてなかっただろ? 少しぐらいなら

大丈夫だよ」

「……どういう風の振り回し?」


 僕の意図を掴みきれないという風に、絵依子が怪訝そうな表情を浮かべる。

でも、声にはどこか嬉しさのようなものが感じられた。


 あの戦い以来、僕たちは一度も夜に出かけていない。かなえさんは『和夫は

しばらくは大人しくしているだろう』と言ってはいたけれど、本当にそうなのか

少し気になってはいたのも確かだ。

 だけど、絵依子がここしばらく、戦いに行こうと言い出さなかったことの方が

気になっていた。たぶん僕に気を使って、言い出せなかったんだろう。


 まぁ実際、今から怪物退治に行くというのは、少々骨が折れるのは確かだ。

だけど、今朝の恩返しと思えばどうということもない。

 今日なら母さんは朝までぐっすりだろうし、出かけるにはもってこいだ。

そのために今日は寄り道もせずに帰ってきたのだ。



「それを言うなら吹き回し、だろ。まぁ…散歩のついで、ってとこかな」

「ぅん……、でも…ホントに大丈夫…?」


「大丈夫だって。あ、それならこのお茶、水筒に入れて持って行こうか」

「…え? あ、それいいかも!!」


「ついでに牛乳と砂糖も追加する?」

「やったーらっきー! お兄ちゃんだいすきー!」


 とたんに絵依子の顔がぱぁっと輝いていく。まったく、こういう現金なところは

以前と少しも変わっていない。


「…騒ぐなって。母さんが起きたらおしまいなんだぞ…」

「そ、そうだった…。じゃあちょっと待ってて。すぐ準備するから…」


 小声でひそひそとやり取りした後、ぱたぱたと着替えに向かった絵依子の

後ろ姿を見送る。

 もっとも、本当に怪物と遭遇することは出来れば避けたいところだ。なるべく

なら出くわさないことを祈りながら、僕は絵依子の着替えを待った。






「…うぅ、やっぱり外は寒いなぁ……」


 ほのかに白くなる息を吐きながら、僕と絵依子は久しぶりに並んで夜道を

歩いていた。ふと空を見上げると、それはそれはきれいな三日月のお月様が

浮かんでいた。


「もぉ、お兄ちゃんだらしないなぁ。わたしなんかこれだけなんだよ」

 見るからに薄手な、いつものゴスロリ服の絵依子が、なぜか得意げに

胸を張って、くるりと両腕を広げて回る。


「ナントカは風邪引かないっていうけど、あれは風邪を引かないんじゃ

なくて、ナントカだから引いたことに気づかないだけらしいぞ」


「……それ、どういう意味なのかなぁ」

「うん、つまりおまえは、寒いのも分からないバカだって言ってるんだ」

「はっきり説明すんなっ!!」



 ぶーぶーと口を尖らせる絵依子は、それでもどこか楽しそうで、久しぶりに

二人で笑い合いながら歩く夜道は寒かったけれど、気持ちは逆に暖かくなって

いくようだった。





 …結局この日は怪物は見つからず、僕の体力的な問題もあって、1時間ほど

散歩しただけで終わったのだった。





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