11月3日-4
「…ふぅ。ごちそうさま……」
「あ、済んだらお茶碗、こっちに持ってきてね」
朝昼兼用の食事を終え、手を合わせていると、一足先に食べ終えて流し台で
洗い物をしている絵依子が声をかけてきた。その言葉に従って、僕も自分の
食器を流しに持っていった。
「いいか?」
「うん、いいよ。ついでに洗っちゃうから」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
流しに食器を置き、洗い物を絵依子に任せて、僕は椅子に戻ってテレビの
リモコンを取った。別に見たい番組があるわけではないけど、平日昼間のテレビ
なんてめったに見られるもんではない。せっかくなので点けてみることにした。
『はい! では次の話題です! 先日不倫が発覚した俳優の……』
プツッ
『この不倫騒動のさなか、お相手とされる女優の……』
プツッ
『芸能リポーターの庄司さんはこの件をどのようにご覧になりますか…?』
「……なんか、ほんとにどうでもいい話だな…」
チャンネルをいくら変えても、延々とどこも同じ話題でもちきりだ。というか、
芸能人が不倫したぐらいで、どこの局でも全部同じ話題をやる必要なんかあるん
だろうか。
だいたい芸能人が不倫しようが結婚しようが、僕ら一般人には何の関係もない。
究極の他人事のはずなのに、興味があったり知りたいと思う人がそんなに多い
なんて、ちょっと信じがたい。
「はぁ…。まったく…世の中暇人が多いのかなぁ…」
「なになに? あ、この人知ってるよ! 前にドラマで見た!」
洗い物を終えたらしい絵依子が、こっちに戻ってくるなりテレビに釘付けに
なった。
……なるほど、暇人は意外にもこんな身近にいたのである。
正直この話題にはあまり興味はないけれど、せっかくなので暇人が何を考えて
いるのか、ちょっと探ってみるとしよう。
「……ふーん。どういう役で?」
「えっとねぇ……、恋愛もので、主人公の女の子の友達なんだけど、実はその子を
ストーカーしてるって役だったかな」
「…要するに脇役か。じゃあ、あんまり有名な俳優でもないのかな…」
「そうかも。わたしも名前までは知らなかったし」
「はぁ…。そんな無名の俳優が不倫したとかぐらいで、ここまで大騒ぎする
なんてなぁ。他にもっと大事なニュースとかあるんじゃないのか…」
実に、まったくもってくだらないと言わざるを得ない。わざとらしく大きく
ため息をつくと、絵依子が困ったような笑顔を浮かべた。
「…まぁ、そうかもだけど、でもこういうニュースばっかりってことはさ、
それだけ世の中が平和ってことでしょ?」
「…! ……ん、た、確かに…」
「わたしは…嫌なニュースばっかりの世界なんて、イヤだなぁって思うよ?」
…絵依子の言うことにも一理ある。いつだったかの大地震の時は、テレビは
毎日毎日、災害の被害のことばかりだった。CMすらまともに流れなかった。
それを思えば、こんなくだらない話がニュースになるということは、世の中が
平和な証拠と言えるのかもしれない。
「…おまえ、意外に鋭いんだな……」
「もぉ! 意外ってどういうこと?! あ! ATM! ほら見て!
お兄ちゃん!」
「あぁ…例のアイドルグループね…」
「え!!! まゆゆに熱愛疑惑?! うそ~~~!!」
「…………」
芸能ニュースが次の話題に変わった瞬間、またも絵依子ががぜん食いついて
きた。さっきはつい感心したけれど、結局ただ単に、こいつがゴシップニュース
好きなだけなんじゃないのか……。
結局そのまま僕たちはテレビを見続け、何の役に立つのか想像もつかない、
アイドルの名前から恋愛事情、はては青い汁の効能という無駄知識だけを
蓄えたのだった。
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ふと時計を見ると、時刻は四時前を指していた。バイトの時間まで後少しだ。
「…絵依子。よかったのか? 今日はいろいろ用事があるって言ってたけど」
「あ……う、うん。別に…大丈夫だよ。たまにはこんなのもいいかなって」
「ふーん、まあそれならいいけどさ。っていうか、おまえこそやっぱり哀しい
ロンリーガールじゃないのか……」
「ち、違うもん! し、仕方ないからかわいそうなお兄ちゃんにつきあってあげた
だけだもん!!」
がちゃ・・・・・・
絵依子が顔を真赤にしながら抗議していると、ふいに玄関が開く音がした。
「はぁぁぁぁ……、た、ただいまぁ………」
「お、おかえり、母さん。…っていうか、大丈夫…?」
「おかえりー! もうお布団引いてるよ、お母さん」
ドアが閉まると同時に、母さんの声が玄関に小さく響いた。
のろのろと靴を脱ぐ動作からは、疲れ果てた様子がうかがえる。見れば明らかに
顔色も悪いし、目の下にはくっきりクマも出来ている。
「…ごめんねぇ。今日はもう寝かせてもらうわね。瞬弥は…これからバイト
よね?」
「うん。晩ごはんは向こうでまかないが出るから」
「…そう、じゃあ絵依子は……これ、あとでチンして食べてちょうだい。
あんたの好きそうなの買ってきたから…」
「え! ほんとに?」
母さんがレジ袋を差し出すと、ひったくるようにして絵依子が中を改め、
テーブルの上に並べる。中身はサラダとインスタントのみそ汁と、牛丼の
特盛りだった。
「うっひょお~~~~! きたコレ! 特盛りキタ!」
「…じゃあ悪いけど、このまま寝かせてもらうわね……」
「うん。おやすみ。お疲れ様」
「はーい! おやすみなさーい!」
肉がやたらとモリモリな牛丼を渡され、狂喜乱舞している絵依子に苦笑
しながら、フラフラと母さんは寝室へと向かった。やっぱりそうとう今日は
疲れたんだろう。
昨日の晩の12時から今日の夕方の4時までなんて、僕でも無理だ。いや、
誰でも普通に無理だろう。本当に母さんはすごいと思うけれど、その分だけ
体の方も心配になる。
せめて朝までぐっすりと眠ってもらえるように、僕たちも気をつけないとな…。
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それから少しして、僕もバイトに行く時間になった。学生服に着替え、店の
制服が入ったカバンを持って、玄関先でひそひそ声で絵依子に釘を刺しておく。
「じゃあそろそろ行くから、後は頼むな。くれぐれもテレビの音とかで母さんの
邪魔だけはするなよ?」
「おっけー…っていうか、なんでそのカッコなの? 学校帰りじゃないのに」
「…学生はこれが正装なんだから、別にいいだろ」
「ふぅん…。まぁいいけど……」
…何かに勘付いたような目で絵依子が僕を見る。えぇそうですとも。お察しの
通りですとも。
「……とにかく行ってくる」
「うん。いってらっしゃい~」
なるべく静かに玄関を開け、閉める。そろそろとした足取りで階段を降り、僕は
バイト先に向かった。




