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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
57/95

11月3日-1


-11/03-



「…ママ…パパとえいこは…どこに行っちゃったの…?」



 ……母さんがとても困った顔をして僕を見ている。

 それはそうだろう。この年ごろの子供に「死」という概念を教えるのは

たぶん簡単なことじゃない。


 自分がそれを分かるようになったのは、たぶん10歳を過ぎてからだ。

 隣の部屋の家の、僕によくお菓子をくれていたお婆さんが亡くなった時、

初めて僕はそれを理解した。


 もっとも、それにしたって今のように理解していた訳じゃ

なかったとも思う。今の理解だって正しいとは言えないかもしれない。


 

 人の「死」や「命」は、それほど難しいものなのだ、と思う。




「瞬弥……お父さんは…二人は…とっても遠い遠いところに行ったのよ…」


 母さんも悲しいだろうに、それでも気丈に笑いながら僕に話し掛けて

くれている。

 なのにこの時の僕は、そのことを気遣うだけの年齢も、分別も、何ひとつ

持ち合わせてはいなかった。


「遠くってどこ? どこに行けばパパたちに会えるの? …もしかして…

もう会えないの? そんなの…イヤだっ!! ボクいやだよぉっっ!!」


「……瞬弥…っ……」


 そう言って母さんは僕をぎゅっと抱きしめてくれた。でも、その手が

小さく震えているのを、この時の僕は感じ取る事さえ出来なかった。

 いくら夢とは言え、我ながら僕は自分の無思慮さに呆れ返る。






 そう、これは夢だ。僕がまだ幼かった頃の夢。

 もう10年以上前にあった、お葬式の光景の……記憶。


 ひっきりなく大人たちが式場を訪れ、そのたびに母さんはぺこぺこと

頭を下げている。

 『この度はゴシュウショウサマで…』 などと、判で押したみたいな

言葉だけが、次々に人を入れ替えては延々と続いていた。


 夫と娘の二人をいっぺんに失い、残されたのは息子の僕だけ。

 そんな悲劇に見舞われてなお、こんな風に振舞える母さんは強いな、と

僕は改めて感心してしまう。


 とは言っても、やっぱり母さんの表情は……明らかに憔悴し切っている。

こんな時こそ僕が支えなくちゃいけないのに、夢の中の僕は一人で

ぐすぐすと泣いているだけだ。


 僕は子供の頃の自分に、今の自分の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい

気分だった。





 …死んだ父さんは将来を期待されていた、優秀なお医者さんだったらしい。

だからこんなにも大勢の人が弔問にやってきてるのだろう。


 だからと言って、いちいち付き合う必要なんか無いのに、訪れた一人

一人に時折笑顔すら見せながら挨拶する母さんの姿は余りに痛々しくて、

僕はもう見ていられなかった。


 親戚のおばさんが気を使ってくれたのか、「唯さん、もうここは

いいから…」と、休むように言ってくれた。

それでも母さんは首を横に振って、次から次へと式場にやってくる

弔問のお客さんたちのところへ挨拶に行く。



 優秀で、いろんな人から尊敬されていた父さん。

 もっとも、小さかった僕にとってはそんな事は関係なく、ただ優しく、

大きかった。

 その大きな背中をよじ登ろうとする僕と絵依子に、父さんはいつも笑い

ながら付き合ってくれていた。



 正直に言えば、今は顔も声も……おぼろげにしか思い出せない。


 それは僕にとっては父さんの背中が、一番記憶に、印象に残ってる

ものだからかもしれない。





 やがて…ついに式場から棺が運び出されていった。あれほど気丈に

振舞っていた母さんも、とうとうその場に泣き崩れ、僕も引きずられる

ようにわんわんと泣き出した。


 親戚のおばさんたちが僕たちに慰めの言葉をあれやこれやと掛けて

くれるものの、そんなものは母さんには、ましてや幼い僕の耳にはまるで

届かない。


泣き続ける僕たちを置きざりにして式は続いていく。小さな棺が

霊柩車に押し込まれ、走り去っていくのを、ただ僕たちは泣きながら

見送るしかできなかった。


 …まるで映画を見るように、僕はそんな夢を、大昔にあった光景を

夢として、僕は再び…、いや、何度も繰り返し見ていた。


 不思議と近頃よく見るようになったこの夢。


 だけど……。



「………?」


 …ふいに僕は……さっきの光景のおかしなことに気がついた。


 霊柩車に押し込まれた棺は……2つあったはずだ。なのに今の夢では…

なぜか1つだけしかなかった。


 それは…明らかに小さなものだった。小さな棺をひとつだけ乗せて、

霊柩車は走り去っていった。

 どう見ても子供用としか思えないサイズの棺を……。


 これは……いったい…どういうことなんだ………?!



「………うあぁぁッッ!!!」




 瞬間、僕は布団を跳ね飛ばして目が覚めた。べったりと汗で身体に張り付いた

寝間着が、たまらなく気持ち悪い。寝巻きどころかシーツさえ異様な湿り気を

帯びている。

 今起きたばかりなのに、どくんどくんと心臓は早鐘を打ち、その音が頭の中に

ガンガン響いていく。



「そんな……ばかな…ことが……っ」


 さっきのあの夢…途中までは確かにいつもと同じ夢だったはずだ。

 なのに、どうしてあんなものになってしまっていたのか。


 いや、僕が今日初めて気づいただけで、最初から棺は1つだけだったのかも

しれない。それ自体は別におかしなことじゃない。

 現実に死んだのは……父さん一人だけなのだから。


 問題は…棺の大きさが…どうしてああだったのか、だ。

 あれは明らかに…子供用の物だった。だとしたら…絵依子のものに間違いない。


 だけど、そもそも死んだのは父さんだけで、絵依子は生きている。死んだ

父さんの棺ではなく、どうして生きているはずの絵依子の棺が…出てくる?!




 …ぐるぐるとさっきの夢の光景が頭を駆け巡る。




『あの妹には気を許すな……』




『絵依子ちゃんは…もう死んでるんだよ……』




 心臓からの凄まじい轟音に重なって、二人の女の子の声が蘇り、頭の中に

いっぱいに響いていく。

 なおもぐるぐる回る光景に目まいを感じた瞬間…凄まじい吐き気が襲って

きた…!


「お…ぇぇッッ!! えっ……ッッ!!」




 とっさに僕は寝室を飛び出し、洗面所に駆け込んだ。でも空っぽの胃からは

胃液さえも出てこない。

 得体の知れない異物が胃袋にへばりつき、まるで外に出されるのを抗って

いるようだった。


「………ッッッ……!!」





「お……お兄ちゃんっ?! どうしたのっ?! 大丈夫っ?!」


 …何度も何度もえずきながらも、結局わずかな胃液しか吐き出せず、

あきらめかけたその時、後ろから…僕の背中に小さな手が触れ、声が聞こえた。


「あ………、え……絵依……子……?」


 振り向いた先の、ぼんやりと滲んで見えた顔……、絵依子の顔を見た瞬間、

僕は……ようやく「悪夢」から目覚めた。


「ねぇ…どうしたの? 体調…悪いの?」

「…………っ……」



 心配そうな声と、絵依子の手から感じる温もりと…匂い。それらが感じられた

瞬間……ふいに目からぽろりと涙がこぼれた。

 さっきのあれは…ただの夢だったのだ。ちゃんと絵依子は生きている。間違い

なく生きてここにいる。


「う……っ、絵依……子っ……」

「お、お兄ちゃんっ? どうしたの? どこか痛いのっ?!」



 …そうだ、あんなのはしょせんはただの夢に過ぎない。空を飛んだり怪獣が

出てくるような夢と同じことだ。

「夢」がめちゃくちゃで意味不明で非現実的なのは普通のこと…当たり前のこと

じゃないか!




 …絵依子は生きている。まぎれもなく…!!




「いや……、なんでもないよ。大丈夫……。ちょっとヘンな夢を見ただけだよ…。

…ごめんな。おまえまで起こしちゃって……」

「もぉ、いいよそんなの! でもホントに……大丈夫?」

「うん……。もう平気だよ。ところで…いま何時だ…?」


 ふと窓に目をやると、外はまだ真っ暗だった。ぼんやりとしか見えない

窓の外に、僕は自分がメガネをしてないことに今ごろ気がついた。


「…まだ5時にもなってないよ。早起きにしても、ちょっと早すぎるよねぇ…」

「…………っ」


「どうする? お兄ちゃん。二度寝…する?」

「あ……いや……」



 …さっきのはただの夢だ。そんなことはもう分かりきっている。だけど、ただの

夢だと分かってはいても、今の僕は正直…寝るのが怖かった。またさっきみたいな

悪夢を見てしまったらと…思ってしまった。


「僕は…いいよ。絵依子こそもう一眠りしたらどうだ?」



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