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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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11月1日-8




 模擬店の教室に戻ると、もうじき文化祭も終わりだというのに、

いまだにみな忙しく走り回っていた。もちろん絵依子も忙しそうに

ツンデレしていた。



「あ! 今ごろ帰ってきた! どこ行ってたの、お兄ちゃん!」

 パーテーションで仕切られた奥のスペースの方からこっそりと入ると、

お盆を持って帰ってきた絵依子が、少し怒ったような口調で出迎えてくれた。


「………っっ…」

「な、なに? 気持ち悪いなぁ…。戻るなり人をジロジロ見て……」


 さっきの綾の言葉を真に受けたわけじゃない。でも、今こうして目の

前にちゃんと生きている絵依子の姿を見ると、なぜか…どうしようもなく

胸が熱くなるのを、僕は抑えられなかった。


「い、いや、今日は最後までつきあうって約束してたのにさ、悪かったよ。

ごめんな…」

「…ふん。どーせどっかで昼寝でもしてたんでしょ? ホントお兄ちゃんって

貧弱なボウヤだよねぇ~。生っちょろ過ぎ!」

「はは…。そうだな…ごめん」


 いつものような手厳しい指摘だったけれど、今は逆に、そのいつも通り

なのがうれしい。


「あ、そういえばさ、あーや知らない? お兄ちゃんを探しに行くって、

1時間ぐらい前に休憩もらったみたいなんだけど」

「…………!!」


 絵依子の言葉に一瞬、動揺しかけたものの、なんとか僕は平静を保った。

 ……綾が僕を探しに来たっていうのは本当だったのか。

 



「あ…そうだ。綾とはさっき会ってさ、ちょっと体調が悪くなったみたい

だから、保健室に連れて行ったんだ」

「え…! あーや、ダウンしちゃったの…?」


「歩けないってほどじゃなかったから、たぶんそこまで心配するほどでも

ないと思う。一応大事を取って、さっき保健室で寝かせてきたんだ」


 心配したような困ったような、複雑そうな表情を浮かべる絵依子だったが、

よく見れば顔には疲労の色がうかがえる。

 こいつでさえ顔に出るほど疲れたのなら、やっぱり…綾のあれは過労…

オーバーワークが原因なんだろうか。




「…なぁ絵依子。その……休憩に入る前の綾の様子は…どうだった?」

「え? 別に普通だったと思うけど。途中からお客さんに「この豚!」とか

言い出して、ちょっとヒヤヒヤしたぐらいかなぁ」

「うわぁ…確かにそれは引くな……」


「でもお客さんのウケは良かったし。あーやもノリノリだったってこと

だから、そんなに疲れてるようには見えなかったけどなぁ…」

「……そっか」


 さりげなく綾のさっきまでの様子を聞いたものの、絵依子の答えは僕の

思っていたものとは違っていた。だとすれば……綾のあれは、また全然違う

原因なんだろうか。


「…とりあえず綾のこと、谷口くんにも伝えてくるから、また後でな」


 結局なにも分からないまま絵依子と別れ、僕は奥でまたスマホをいじって

いる谷口くんのところへと向かった。



「…おつかれ、谷口くん。あの……」

「お、渡城か。加賀谷しらねーか? おめーを探しに行くって飛び出したっ

きり、帰ってこねーんだわ」


 ふいにスマホから顔を上げるなり、僕を見た谷口くんが、向こうから話を

振ってきた。


「…そのことだけど、綾のやつ、体調が悪くなったみたいでさ。今保健室で

寝かせてるんだ」

「え…、マジで……?」


「谷口くん、綾が病み上がりなの知ってただろ? いくらなんでも無理させ

すぎたんじゃないのか……?」


 僕の言葉に、スマホを一瞬落としそうになって谷口くんが驚く。

 さっきの綾の異変がオーバーワークのせいじゃないにしても、原因の一つでは

あるように思えてならないのだ。

 だから少し口調がキツくなってるのを自覚しながら、僕は彼に詰め寄った。



「ま、待てよ! 俺だって何度も休むように言ったんだけどよ、おめーの妹と

いっしょにやりだしてから、「大丈夫です」の一点張りで…。ずっとその

調子でよ…」

「え……?」


「しかたねーから、一時間ぐらい前に無理やりこっちに連れ戻したら、じゃあ

おめーを探しに行くって言ってよ…。でもそうか…悪いことしたな……」

「そう…なんだ。そっか。僕の方こそ…疑うようなこと言って…ごめん」

「いや…俺の管理不行き届きだ。くそっ…俺もまだまだだな…」


「先……店長! ラストオーダーです! コーヒー2、コーラ3、ですー!」

「おーう。じゃ渡城、ちょっと待っててくれ。いいな?」

「あ、う、うん…」


 さっと身を翻して、谷口くんがコーヒーの支度に入った。ふざけた設定の

店の割には、意外にも器具は本格的なものだ。インスタントや紙パックでは

なく、ちゃんと一杯一杯、豆から挽いて淹れている。

 ずいぶんと真剣そうな表情でコーヒーに向き合う谷口くんの姿は、今だけ

少しだけカッコよく見えた。

 …最後の駆け込み客が「退店」して、ようやく絵依子はツンデレ地獄から

解放された。

 

 さすがに疲れたのか、もうほとんど誰もいなくなった教室で、絵依子は

椅子にぐたっと座り込んでいた。クラスメイトらしき子たちがジュースを

持っていってくれたり、ぱたぱた扇いだりと、甲斐甲斐しく世話を焼いて

くれている。



「おおおおおー! 今日の営業は大!成!功! ひゃひゃひゃ!」


 突如、今日の売上を数えていた谷口くんが奇声を発した。どうも予想以上に

儲かったらしい。

 確かに最後の最後までお客さんは途切れなかったわけで、あのネットの自作

自演も、案外そこそこ効果があったのかもしれないな…。



「お疲れー! ほれ、今日のバイト代だ。取っとけよ」

 僕も絵依子たちのところに向かおうとした時、谷口くんがいきなり茶色い

封筒を差し出してきた。


「……え……?」

「バーカ。おめーにじゃ無ぇよ。妹ちゃんに渡してやってくれ。半日ご苦労

さんってな」

「…なんで僕に? 自分で渡したらいいのに……」

「妹ちゃんは俺が直々にスカウトして、しっかり結果も出してくれたけどよ。

みんなの前で特別扱いは…ちょっとな。だから後で渡してやってくれ」

 


 ひそひそ声でそういう谷口くんは、さっきのコーヒーのことといい、こんな

気配りまで出来るなんて、なんともしっかり本物の「店長」っぽい。

 福沢くんもそうだったけれど、意外な一面を見れたというか、みんなけっこう

普段の生活では見えない顔を持っているのかもしれないな…。


「…そっか。分かった。絵依子も喜ぶと思うよ」

「あとな…加賀谷にはまた改めて謝罪するからよ。なんか好きなスイーツとか

おめー知らねぇ?」


「う~ん、駅前のちょっとお高いケーキが美味しいって聞いたけど…」

「おぅ、あそこか。んだな。あれなら…まぁたいていの女子はオッケーか」


 顎に指を当てて、谷口くんが何やら思案している。にしても、スイーツなんか

まるっきり縁がなさそうな顔の割に、店名も言わなかったのにピンとくるとは、

なんとも意外だ…。


「意外に谷口くんって多趣味というか、情報通なんだね…」

「ん? あぁ、ゆくゆくは親父の店を改装して、リアル店舗を作るつもり

だからよ。だからそん時は二人共バイトに来てくれって言っといてくれ。うひゃ

ひゃひゃひゃ!」


 そういえば彼の家は、何軒か飲食店を持ってると前に聞いたことがあった

ような気がする。なるほど…これもそのための実験…いや、修行だったのかも

しれない。

 馴れた手付きだったコーヒーの淹れ方も、おいしいケーキ屋の知識も、谷口くん

なりに将来を見すえたものなんだろう。


「…ふぅ。すごいな。谷口くんは」

「あん? なんか言ったか? それよりもよぅ! 聞いてくれよ渡城!」


 今回のこの大成功で、例のカレーパンの件もすっかり忘れてくれたらしい。

ご機嫌な様子の谷口くんが話す、今後のプランやアイデアに適当に頷いていると、

ふいに今日の終りを告げるチャイムが鳴り響いた。



「あ、じゃあ…そろそろ僕たちは行くよ。絵依…」

 そろそろ帰ろうと振り向いた先の椅子には、さっきまですぐ後ろの椅子に座って

いたはずの絵依子の姿が、無かった。


「あ、あれ? 絵依子は?」


「え? 助っ人のあの子だったら、お手洗いに行くって言って…さっき出て

いきましたよ先輩。でも…もう10分ぐらい経ってるかもですけど…」

「…そっか。じゃあみんなもお疲れさま。また明日ね!」


 …返ってきた1年の言葉に挨拶もそこそこに廊下に飛び出すと、外はもう日が

落ち、すっかり薄暗くなっていた。



「絵依子のやつ…どこへ行ったんだ?」



 廊下を歩きながら他の教室を覗いてみても、絵依子の姿は見えない。絵依子の

いそうな場所、行きそうな場所を考えていると、ふと保健室のことを思い出した。


「そうか…。綾の様子を見に行ったのかな…?」




 からら・・・・・・っ



 なるべく静かに扉を開け、薄暗い保健室に入ってみたものの、人の気配はない。


「おかしいな……。綾…? 絵依子……?」

 小声で呼びかけてみたけれど、やっぱり返事も反応もない。


「……ん?」


 部屋の中には絵依子はおろか、誰もいなかった。綾が寝ていたはずのベッドも

もぬけの殻だった。代わりに、シーツの上に一枚メモのような紙が置いてあった。


『少し休んだら体調が良くなったので先に帰ります。綾』




「…あいつ! 安静にしてろって言ったのに……」


 いくら少しぐらい体調が良くなったとしても、さっきまでフラフラだったのに

一人で帰るなんて無謀すぎる…!

 今ならまだ追いつくかもしれない。そう思った僕はとっさに綾を追いかけ

ようと玄関口に走り出した瞬間、ふいにケータイが鳴った。



「…もしもし、綾かっ?」

『うん、ごめんね。メモ…見てくれた?』

「見たよ。今どこだ? そんな体調で……」

『ううん。大丈夫だよ。心配しないで、瞬くん』


「いや……普通に危ないだろ。今から行くから…」

『…大丈夫だよ。お母さんが迎えに来てくれたから。タクシーだからもう着くよ』


「…え…、そっか。それなら…まぁ…」

『心配かけて…ごめんね。後夜祭、私の分まで楽しんで来てね。瞬くん』


「え、あ、ちょっ……あ、綾?」




 ぷつり、とそれきり、電話は切れた。



 


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