10月28日-3
「ククク…『錬装』…ッッ!!」
今まで何度となく耳にしてきた単語を、男が発した。
それをきっかけにして、ぱきぱきと音を立て、見る見るうちに…あいつの着ているコートが変化して、ヨロイ…いや錬装衣に変化していく。
…そう、絵依子とまったく同じに……!!
「…………!!!」
絵依子と……同じ…?!
……だとしたら……この男が真都が言っていた…「ソキエタスの会士」ってことなのか…?!
そして少しして、男の錬装が完了した。男が着ていたロングコートは明らかに原型は留めておらず、身体に密着したような青と紫のヨロイへと変化していた。その微妙に左右非対称な形状と、半分以上顔を覆ったデザインに、恐怖とも嫌悪ともつかない感情が湧き上がる。
同時に僕の頭の中に警報…サイレンがわんわんと鳴り響く。なぜだか分からないけれどただただ直感が告げる。
……これは…何かまずい気がする。ヤバい感じが…いや、ヤバ過ぎる!!
絵依子も狼狽しているのがはっきり分かる。でもとっさに『オービス』に手をかけ、男の攻撃に備えようとしているのが見えた。
「ま、待てっ! 絵依子っっ! 相手は…相手は人間なんだぞっっ!!」
思わず僕はそう声を上げた。そうだ。「会士」だろうが何だろうが目の前の男は紛れもなく人間に見える。いつもの怪物相手の戦いとは違う。人間同士で戦うなんて間違ってる!!
でも、だったらどうすればいいのか、いま何をするべきなのか、まるで分からないまま……叫ぶことだけしか、僕には出来なかった。
「行くぜぇ…!! 速攻で死にな!!!」
変身…『錬装』した男がカードを引いた!
男の右腕がみるみるうちに変化していく。絵依子がいつも実体化しているものより一回りも大きい。
右腕を『錬兵装』して現れた凶悪な剣を高々と掲げ、男が大きくジャンプして一気に絵依子に突っ込んできた!
10メートル以上はある距離を…軽々と一足で!!
身体能力の上昇も絵依子と同じ…いや、それ以上だ!!
「………!!!」
いつのまにかカードを引き抜いていたのか、絵依子の右腕もブロック状に変化していく。でも男が迫るスピードが速すぎる!
間に…合わない……!!
「絵依子ッッ!!! 避けろぉぉぉっ!!!」
「……っ!!」
ギャギィィイイイインンンン!!!!!!!!
「くっッ……!!」
耳をつんざくような激突の音が駐車場に響き渡った。思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音!
…間一髪、転げるようにして、絵依子が男の剣からかろうじて身をかわしていた。でも、安堵する間もなく……僕は信じられないものを目にした。
……男の剣は、絵依子のすぐ後ろに停めてあった自動車を、天井から真っ二つに切り裂いていた。しかも車を両断しただけでは収まらず、その剣は……深々と地面のコンクリをもえぐっている。
なんて威力…、…人間離れどころじゃない…!
これじゃまるで……、まるで化け物だ……っっ!!!
「キヒャヒャヒャヒャ!! 少しはヤるじゃねぇか!!面白ぇッッ!!」
ガギィッ……ッ!
ギィイッッッ………ンンッ!!!
無造作に剣を地面から引き抜いた男が、再び絵依子に襲い掛かる。右腕はもう『城』のカードによるブロック状の盾の状態に変形し終わっているものの、雨あられと降り注ぐ男の剣に、反撃するタイミングなどまったく与えてもらえない。
必死に避け、防御し続けるだけの絵依子をあざ笑うかのように、男が奇声と笑みを発しながらひたすら一方的に攻め立てる。このあまりに暴力的な攻撃からは…狂気すら感じる!
…いったい何なんだ…!? この男は??!!
ガイィッッン!
再び、ぶんっ! と袈裟切りに振り下ろされた剣を、かろうじて絵依子は受け止めた。が、男はその反動を利用して、2度3度と続けざまに角度を変えて打ち下ろす。
ギイィィッッン!
ギャイィィッッッンン!!
「…あ…ぅっ……!!」
…激しく剣が叩きつけられるたび、絵依子の右腕が軋みを上げ、かすかな悲鳴が漏れる。
そしてとうとう……その右腕を覆うヨロイ…『城』の錬兵装が砕けた!
「ぐ……っッ…!!」
同時に凄まじく執拗な男の攻撃に……とうとう絵依子が吹っ飛ばされた!
「え……絵依子ッ!!」
…思わず叫んでしまったものの、あれは単に力負けしただけじゃない。
大きく後ろに弾き飛ばされながらも、前を向いて男を見据える絵依子の表情…目の色に、僕はとっさにそれを直感した。
両足で地面を大きく引っかきながら、腰を落とした体勢の絵依子がすかさずオービス…「デッキ」から新しいカードを引き抜いた。
「…! はぁぁぁぁああッッ!!!」
瞬間、高々と掲げられた手と手の間に、白い火花を放ちながら真っ黒な球が現れ、膨らんでいく。
一撃で怪物を音もなく消滅させ、アスファルトにさえ軽々と大穴を穿つ…必殺の「ダークスターボンバー」だ!
「…っ………!!」
さしもの男の顔にも、一瞬…焦りが浮かんだように僕には見えた。
でも、それを否定するように哂ったようにも見えた。
男もカードをデッキに納め、新たなカードを引いた。見る見るうちにまた男の右腕が変化していく。
そして…さっきあいつが自分で破壊した車のドアを、いきなり無造作に引きちぎった!
「……!!??」
紙切れのように引き剥がされた鉄板が…まるで男の右腕と融合するように……うねうねと身をよじるように絡み付いていく…!
「…食らえぇぇっ……!!!」
ほとんど同時に、絵依子のダークスターボンバーがヤツめがけて放たれた!
「クァハハハハ!!! そんなもんは……!!!」
青白い火花を撒き散らしながら、深い闇の色をたたえた恐ろしい球がぐんぐん男に迫る。が、男の腕から伸び、半ば一体化した鉄の板が、その時有り得ないほどに膨れ上がった!
バァッッ……ァアアッッンンンッッッ!!!!!
「な……!!!」
まるで男を守る盾のように膨れ上がったそれが、真正面からダークスターボンバーの直撃を受けた。次の瞬間、ぶち当たった二つが、まるで互いを打ち消しあうように霧散していく…!
「…!! そ…そんな……」
「ククク…その技は見せてもらってたからなァ……!! 前とまるで同じ技とは芸の無いヤツだ…!」
…男の言葉に、あるいは信じがたい光景に絵依子が呆然としている。そしてそれは…僕も同じだった。
僕の脳裏に、前に見たダークスターボンバーの威力が思い起こされる。
触れた物すべてを、まるでこの世ならぬ場所にでも削り、分解して送り込むかのような威力を持つダークスターボンバーを、あんな方法で打ち消すなんて…!
男の戦いぶりに…僕は確信した。こいつは…この男は明らかに慣れている。カードを使った「人同士の戦い」に…!
これが……本物のソキエタスの会士なのか………。
呆然とする僕たちのスキを突いて、さらに男が新しいカードを引いた。
「…チッ! まぁいいか…。ついでにカードの使い方を…戦い方ってのを見せてやるぜぇ……!!」
引いたカードを見た男が、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。同時にめきめきと音を立て、三度その右腕が変形していく。
それは……一番最初に男が見せた変化と同じだった。
一度や二度で絵が消え、効力を失ってしまう僕たちのカードと違い、男はさっき使ったカードをデッキに納め直した。だから運によっては、いま使ったばかりのカードをもう一度引いてしまうという事は有り得る。
そして、男の変化はやはり先ほどと同じく、袖の部分が細く長く延びていく「剣」への変化だった。でも。
同じに見えたのはそこまでだった。いや、おそらくカードは同じものだ。
しかし、さっきよりも長く長く伸びていく剣は、より細く鋭利に、その形状を進化させていく……!
「そんな…そんなことが……!?」
…さっきまでの剣とはまるで違う、異様に細く鋭い剣。しかし槍とも明らかに違う、もっと禍々しく尖った…、もはや剣と呼べるかどうかすら怪しいモノが…男の腕に現れていた。
あわてて絵依子もデッキに手をやる。でも、引いたカードを見た絵依子の表情に、何か迷いとも焦りともつかないような色が浮かんだのを僕は見た。
…わずかな後、絵依子の右腕もいつもの剣に変化していった…。
「ハハハハハッッ!! そらそらそらァーーーッ!!」
細く絞り込まれた剣が、今度は鋭く突き立てられる。速すぎてもう僕の目にはほとんど捉えられない。
絵依子は必死にそれを防ぎ、避けるものの、ヨロイ…錬装衣にはヤツの剣のあとが幾筋も幾筋も刻まれていく。
「そーらそらそらッ! 手も足も出ねぇだろうがっ!! 当然だッ!!!」
「く…くくっ……!! な…なめるなぁっ…!」
瞬間、絵依子の身体が深く沈み、ヒザをついた。
「…!! え、絵依子っ!!」
ついに力尽きたのか、と僕は思ってしまった。
だが……違った!!
「っりゃぁあああああああっっッッ!!!」
ヒザをついた体勢から、絵依子が飛び上がるようにして右腕の剣を振り上げた!
身体を低くしてヤツの怒涛の突きから身をかわすと同時の、長身の男の死角である真下からの攻撃!
ズバァっっ!!
「ぐッ……ぅおおおッッ……ッ!!??」
「や…やったっ!?」
男の悲鳴のような声が聞こえた瞬間、思わず僕の口から歓声が漏れた。
絵依子の一撃を受けたヤツの身体がぐらりと揺れ、胸のあたりを押さえながらよたよたと後ずさっていく。
少しして…男のヒザが…がっくりと折れ、手をコンクリの床についた。
勝った…勝ったのか!? 絵依子が…!!