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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月20日-2

「…ただいまー」


 バイト探しの旅を終え、家に帰りついた僕を、ばたばたといつもの足音が出迎えてくれた。


「おかえりーっ! お兄ちゃん!」

「うん。ただいま。母さんは?」

「お母さんだったらダイニングにいるよ。今日は久々の一家団らんだよっ♪」


「もうご飯の用意出来てるわよー。二人とも早くいらっしゃーい!」

「はーーーい!」


 ダイニングから聞こえてきた声に、すかさず絵依子が駆け戻っていった。僕も洗面所で軽く手を洗い着替えてから、絵依子に続いてダイニングへと急いだ。




「「いっただきまーす!」」


 ぱん、と両手を合わせてから、さっそく絵依子が目の前の品に鼻息も荒く箸を伸ばした。


 今日のディナーは珍しく…、…というか、我が家ではめったに拝めないステーキ様だ。しかもその時でさえハムみたいな薄さだったのに、目の前の肉はどこからどうみても立派な「ステーキ」である。

 ……一体何事だろうか。


「くぅぅぅっっ! おいしい~~~!!」

「…ほんとだ。美味しい…。でもこれって…」


 絵依子が今にも涙を流さんばかりの表情で身体をくねくねさせている。僕も一切れを口に入れてから驚いた。確かにいつもの特売の肉と比べても妙にというか、いや、かなり美味しい。そしてその事実がますます意味が解らない。なんでこんな極上ステーキ様が、なんで我が家の食卓に……?????



「ふふふっ。言っとくけど国産よ? どっかのブランド牛のキャンペーンとかですごく安かったのよ」

「…どこ産とか、そんなのどうでもいいの!! に…肉! 肉ぅぅ! うまっ! うまっ! かゆうま! おおおおおお!!!」

「あぁ……なるほど……」


 訳の分からないことを口走りながら、絵依子がステーキをパクつく。牛丼ひとつで狂喜乱舞するこいつらしいと言えばらしいけど…。


「まぁ、それだけって訳じゃないけどね。絵依子が言ってたのよ。最近お兄ちゃんが疲れてるみたいだから、何かスタミナがつくような物を作って、ってね」

「え……?」



 思わず隣に目をやると、さっきから肉をむさぼるのに夢中で、話なんかまったく聞いてなかったはずの絵依子が、ぱちりと僕にウインクしてみせた。


「…どうだろ。自分が食べたかっただけじゃないかな」

「ふふふっ、まぁいいじゃない、それでも。理由はどうあれ美味しいものが食べられたんだから感謝しなさいよ?」


 そう言いながら母さんが、自分の皿から一切れづつを僕たちの皿に肉を移した。年取るとこの量と脂はキツイわー、などと言いながら。

 …すごく安かったといっても、それでもこんなに美味しいステーキ肉だ。いつもの輸入物の牛肉とは比べ物にならないぐらいの値段のはずなのに。


 ……面と向かって言うのはちょっと照れくさかった。

 だから僕は聞こえない程の声で、ふたりにそっとつぶやいた。



 「ありがとう」、と。





 久々の豪華なディナーを堪能し、心も胃も満たされまくった僕は、食後の紅茶を二杯、そしてホットミルクを淹れ、二人にもふるまった。これでも僕は紅茶を入れることに関しては、わりと自信があるのだ。


「ふぅ……、なんかこう…たまんないなぁ。幸せだなぁ…」

 たいした銘柄の茶葉ではないけれど、今日もなかなか上手く淹れられた。立ち昇る紅茶の香りに、思わずそんな言葉が口をついて出た。


「もぉ、お兄ちゃんってばおじいちゃんみたい…」

「ふふっ…確かに男子高校生の言うセリフじゃないわねぇ」

「…うるさいなぁ…。せっかくの幸せ気分が台無しだよ…。はいどうぞ」


 母さんにはホットミルク。そして僕と絵依子が紅茶だ。絵依子の分にはミルクを少し多めにしておいてやった。


「う~~ん! やっぱりお兄ちゃんの淹れる紅茶おいしい! さすがおじいちゃんの熟練のワザだねっ☆」

「…僕がおじいちゃんなら、歳が一つしか違わないおまえもおばあちゃんだけどな」

「おっ! これはこれは! イッポン取られましたな! カッカッカッ!」


 …なんでこいつは時々、時代劇みたいな喋りになるんだろうか。これも絵依子の謎の一つでもある…。



「…じゃあ母さん、少し仮眠するわね。12時過ぎには起こして頂戴ね」

 今日の母さんの勤務時間は2時~9時らしい。ミルクをきれいに飲み干し、そう言い残して母さんは寝室代わりの和室へと向かった。

「うん、分かってるって」

「おやすみー、お母さん」


 母さんを見送ってから、少しだけ残っていた紅茶をすすり、僕はなんとなくテレビをつけた。もちろんボリュームは控えめに。

「さて…最近の世界情勢は…と…」



『……ということで、連続昏睡事件は今も進展がないことに、街の不安の声は大きくなるばかりです。では次のニュースです。先日行われた新型スマートフォンの発表会で、来日したデザイナーのソニア……』


 …プツッ


『なんと! お値段9990円! 今だけ!』


 …プツッ


『これはですね~、ロシアが関わっているという情報が……』


 …プツッ


「ニュースつまんないなー。変えていい?」

「…そういうのは変える前に言えよな。まぁ別にいいけど……」


 ちょっとは世間のことを知ろうと思ったらこの有様である。

 お皿も洗い終わり、すっかりダイニングの片付けも終え、母さんが眠ったのも見計らって、僕はひそひそと絵依子に今晩の事について切り出した。


「……今日はどうする? 母さんが寝てる今のうちに出かけるか?」

「うん…。お母さんが出勤するまで待ってたら遅くなり過ぎるしね。でも今からだと微妙かなぁ…」

「……?」


 時計を見上げると今の時間は8時…20時過ぎだ。母さんを起こすとしたら12時前後だから、まだ4時間近くある。


「時間が早いとね、あいつらはあんまり表には出てこないんだよ。早くても10時過ぎにならないと…」

「え…でも僕を狙ってたヤツは5,6時ぐらいに出てきてたじゃんか」

「アレは例外。アイツは最初からお兄ちゃんに目をつけてたからだよ」

「そういうもんなのか…。なるほどな…」


 怪物を見つけるには絵依子の感覚だけが頼りだ。適当に歩き回っては、捉えたかすかな気配を追うしかない。だから相手が遠ければ、移動にも時間もかかってしまって、下手をすれば僕たちが着く前に逃げられてしまう。実際、昨日も危うくそうなるところだったのだ。


 実質的な時間が2時間ほどしかないってことは、正直いってかなりキツい。無駄足になる確率のほうが高いだろう。


「…ちなみに今、この近くにいそうか?」

「うーん……、さっきも言ったけど時間も早いし、近くには感じないかなぁ。10時過ぎになれば出てくるかもだけど」

「昨日のこともあるから、あんまり遠くには行きたくないなぁ…」

「うん…でもこればっかりはどうしようもないから…」

「そうか…じゃあ…」

 やっぱり今日はやめておこう。と言いかけた時、ふと僕の頭に、ある反則技がひらめいた。



「あ…、母さんのスクーターをこっそり拝借してみる…ってのはやっぱマズいか…マズいよなぁ……」

「あ、それっていいかも!! あれだったら歩くより速いから、今までより遠くまで行けるし、帰りもラクラクだよ!」


 独り言半分、冗談半分につぶやいただけの僕のアイデアに、絵依子ががぜん食いついてきた。


「確かにな…延々歩き続けるってのもけっこう辛いしな」

「じゃあ決まりだねっ! あ、でもお兄ちゃん…あれ動かせたっけ?」

「去年郵便局のバイトした時に免許は取ったよ」

「じゃ楽勝じゃん! よぉ~し! 決定~!!」


 ぱぁっと明るくなった目で絵依子が僕を見つめる。でもこれはそう簡単でも、楽勝でもない。そういう次元の話ではないのだ。

「おまえ…分かってるのか? …内緒で使ったのがバレたら、後で母さんから大目玉だぞ?」

「え? わたしは関係ないから平気だよっ? だって運転するのお兄ちゃんだもんっ☆」


「お……おまえなぁ……」

「…ウソウソ。冗談だよ。その時はわたしが無理やり乗せてもらったっていうから」

 …とは言いつつも、土壇場になったら裏切りそうに思えてならないのは僕の兄としての器量が小さいからなんだろうか。


 しかしまぁ…とりあえずは信じてやるとするか……。


「…そこまでの覚悟か。分かった。じゃあそうしよう…」

「おっけー! じゃあ準備してくるね!」


 上機嫌で寝室の方へと絵依子が向かう。しかし、…実は問題はもう一つあるのだ。というより、むしろこっちの方が重要なのかもしれない…。



「う、うん…。だ…大丈夫じゃないかな。一度身体で覚えたら、乗り方は忘れないって…、…誰かが言ってたし…………あれから乗ってないけど、たぶん何とか…なるような気が…しなくも無いかもしれない……」



 …自分を励ますように、僕はなるべく楽観的に考えることにした。せっかく絵依子が期待してくれてるのだ。それを裏切るのは、せめてもう少し後にしたい…。




 少しして、下駄箱の上に無造作に置いてあったスクーターの鍵を拝借し、いつものゴスロリ服に着替えてきた絵依子と連れ立って、僕たちはとりあえず下の駐輪場に降りた。


「じゃ…じゃあ行くぞ……!」

 見るからにくたびれた我が家のおんぼろスクーターにおもむろにキーを挿し、ひねった。そして……いざスイッチオン!


 プーーーー!



「お兄ちゃん! それ違う!」

「わわわ、わかってる! 母さんに気づかれる! 大きな声出すな!」

「お兄ちゃんの方がうるさいよ!」

「えーっと…! じゃあ…これか!」



 ピカっ!




「それも違うって! お兄ちゃん!」

「ううう、うるさい!!」


 カッチッ、カッチッ・・・



「えーっと! えーっと!」

「…………」



 …ブルルルンッッ!!



「あ、かかった! どうだ! 見たか!」


 得意げに振り向いた僕を待っていたのは、凄まじく冷ややか、かつ無表情な絵依子の姿だった…。


「…まだ動かしてもないのに、こんなんじゃ先が思いやられるよ…。着替えてきて損した…」



 …ぐさぐさと背中に容赦の無い言葉が突き刺さる。



「…ま、まぁそう言うなって。自転車にはこんなの無いんだし。そ、それに動き始めたらすぐだよ」


 我ながら情けない言い訳を口にしながら、ひらりと僕はカッコよくシートにまたがった。

 …そう、ここから、ここからがまさに本番なのだ。 

 エンジンの振動がかすかに全身に伝わってくるのを感じながら、くっ、と少しだけアクセルを回す。それに従って少しだけエンジンの音が大きくなる。


 ぶおん、ぶおん。


「よし…行くぞ……!」

 もうすっかり汗びっしょりになった手のひらで強くハンドルを握り、前に押し込むと、がたん、とスタンドが跳ね上がった。


 両足で支えながらじわりとアクセルを回していく。するとついに…ゆっくりとスクーターは前に動き始めた。


「………!!」


 トトトッ、と小気味いい音を立てながら、スクーターが軽やかに加速していく。ぐんぐん近づいてきたカーブの前でブレーキをかけ、身体を傾けると、スクーターと僕は軽やかにそれをクリアしていく。


 団地内の道を独楽ねずみのようにくるくると走らせながら、僕は自分が意外なほど運転できている事に、我ながら驚いていた。当たる風で手のひらの汗も見る見る引いていく。

 免許を取った時やバイトの時にそれなりに走らせた事はあったけれど、あの時の感覚とはまるで違う。まるで僕にも翼が生えたような、そんな感覚だった。


「お…お兄ちゃん、すごい! すごいよ~!」

「…はっはっはっ。ま、まぁ、ざっとこんなもんさ」


 5分ほど走らせて、ほぼ完全に感覚を取り戻した僕は、駐輪場で待つ絵依子のところに戻った。

 僕が華麗に走らせる姿を見て、さっきまでの落胆はどこへやら。自分も早く乗りたいとウズウズしているようだった。


 時計を見るともう9時になっている。あまりのんびりもしていられない。とりあえず今日は練習がてら、近くを適当に流して走ろうと僕は提案した。


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