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Realita reboot 第一幕  作者: 北江あきひろ
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10月16日-1

 -10/16-



 チュン・・・チュン・・・


 カンカンカンカンカン・・・・・・・・・!


「………んん……」


 いつも通りの時間。いつも通りの鳥の声。そして、いつものように慌しく階段を駆け抜ける人の足音で、僕は目覚めた。


 でも、いつもと何も変わらない朝のはずなのに、僕にはもう…それが当たり前であるとは思えなかった。

 この境界を、絵依子はいくつ数えたのだろう。この当たり前で平凡な表の世界と、あの怪物が存在しているような…裏の世界との境界を。

 それを思うと、今まで過ごしてきた何気ない日常が、ほとんど奇跡のようにさえ感じられてしまう。


 などと起き抜けの頭でぼんやりと考えていると、す、と急に寝室のふすまが開かれた。

「…おはよ、お兄ちゃん。お母さんには言っておいたからね」

「…そっか。でも急に風邪だなんて言って、よく信用してくれたもんだ…」


「あんたたちがそう言うんなら、そうなんでしょって言ってたよ。まぁ、日ごろの行いのおかげかな?」


 そう言って絵依子がくすくすと笑う。つい釣られて僕も笑ってしまったが、すぐに絵依子の表情が、昨日のような真剣なものに変った。


「……ちゃんと今日は大人しくしててね。この辺りはあいつのデリバリーじゃないから大丈夫と思うけど、一応お兄ちゃんは病気ってことなんだからね。あんまりウロウロしちゃダメだよ? それから…間違っても学校には近づいちゃダメだからね」


「………」


 それをいうなら「テリトリー」だろ。突っ込みたいのをぐっと堪え、僕は昨日と同じように沈黙で答えた。そんな僕に、じゃあ、と言い残して絵依子は部屋を出ていった。



 ともかく今日一日、…正確には夕方までゆっくり出来るのはありがたい。さっき目覚めたばかりなのに、僕の身体はまだまだ睡眠を欲していた。

 いちおう病人らしく格好をつけるためにも、もぞもぞと僕は再び布団に潜り込んだ。


「瞬弥ーー! ご飯、おかゆ作っといたから、お腹が空いたら食べなさいー! 母さんもう行くからーー!」

「ふぁ~~~~……い…」


 鼻をつまんで、さらにわざとらしく弱々しく答える。これで少しは病人らしく聞こえてくれたはずだ。

 でも、真相を知ってる絵依子は、心の中でけらけらと笑ってるに違いない。なんだかムカツクぞ。


 そうしてるうちに、どうやら綾が来たらしい。珍しく準備万端で待ち構えていた絵依子の姿に、さぞや面食らってる事だろう。


 目を閉じてそんなことを考えていると、だんだんと本格的に睡魔がやってきた。

 僕は再びゆっくりと…眠りに落ちていった。


 シュ・・・

 シュッ・・・



 カリ・・・カリ・・・


 ジャッ・・・


 時間は午後6時を少し回っていた。

 僕は放課後の美術室で、家の押し入れにしまい込んであったスケッチブックに向かって鉛筆を走らせていた。電気は消してあるので、月明かりだけが頼りだ。


 作業は実に順調だった。昨日あんな事があったにもかかわらず、僕は驚くほど絵に集中できていた。今ごろ絵依子は僕が家に居ない事に、ビックリしているかもしれない。


 昨日の絵依子と怪物の戦いの中でも、運良く壊れるのを免れた石膏像と向き合い、久々にデッサンしながら、僕はその時が来るのを待っていた。




 …唐突に、ぞくりと突然に僕の背中に冷たいものが走った。この感覚には覚えがある。

 そう、来たんだ……あいつが………!!!


 静かに、ゆっくりと窓の方を向くと、昨日とは違って窓は黒くなどなっていなかった。窓とサッシの隙間からではなく、応急処置のダンボールで塞ぎきれていない窓の穴から直接入り込んできたんだろう。


 …そしてそこに…まるで初めからいたように、昨日のあいつが……いつの間にか窓際に…座っていた。


「ヴるるルルぅゥゥ・・・きサマ・・・ヒとリカ・・・? ばカメ・・・・・・」


 どこか嬉しそうな声を怪物があげた。相変わらず聞き取りにくい声だったが、かろうじて意味は分かった。まんまと獲物がやってきた、と言わんばかりの声だったが、むしろそれはこっちのセリフだ。


 怪物との距離を一定に保つように注意しながら、ゆっくりと僕も立ち上がった。わざとらしくスケッチブックなんかを開いていたのも、絵を描く人間を狙っているというから、わざと分かりやすくしてやったのだ。確実に僕だけを狙うように。



 恐怖は…無いといえばウソになる。いや、はっきり言えば…怖くてたまらない。


 でも、僕の心はそれ以上に…怒りで一杯だった。

 …こいつのせいで先生は…、そして絵依子までが傷つけられてきたかと思うと…!!



「……バカはそっちだ。僕が何の考えも無しに、ただのこのこやって来ただけと思ってるのか?」

 机の上に置いてあったスポーツバッグを手繰り寄せ、僕は手探りで取っておきを取り出した。

「・・・・・・ソれハ・・・!!」




 そう、これこそは伝家の宝刀、金属バットだ。ここに来る前に、野球部の部室からこっそり拝借しておいたのだ。

 これでも僕は小学生の時に、少年野球で4番を張ったこともあるスラッガーだ。昔取った杵柄は今もまだ錆びついちゃいない。たぶん。


 そしてこいつの技…『実体化』と『霧体化』を自在に操る技はもう見切っている。

 攻撃する時は絶対にその部分は実体化する。だったら話は簡単だ。ヤツの攻撃に合わせて、そこに思いっきりカウンターを食らわせればいい。

 絵依子のように変身したりしなくても、パレットナイフみたいな普通の攻撃でもヤツにダメージが通るのは、昨日の僕の一撃で証明済みだ。ヤツの動きや癖みたいなのも、昨日の戦いでだいたい把握している。何度も何度も頭の中でシミュレーションしてみたが、僕が負ける要素はほぼない。


 …大丈夫だ。出来る。僕なら出来る!


「・・・ゥろぉォ・・・・・・」

 薄気味の悪い声を上げながら、怪物が静かに立ち上がり、歩き出した。普通に真っ直ぐにこちらに向かってくる。昨日、僕に痛い目に遭わされたっていうのに、何も学習してないらしい。明らかに僕をナメている。


 …でも、それならそれで好都合だ。ナメてくれて結構。ムカつく気持ちも込みで全力のフルスイングでお返ししてやる。

 と、ぎゅっ、とバットを握り直したその瞬間、いきなり怪物が…瞬間移動でもしたように、僕の目の前にまでやってきた!


「……………ッッ!!!」

 すぐに怪物の腕が、張り手のように飛んでくるのが見えた。ここだ!

 その怪物の腕…爪めがけて僕は思いっきりバットを振った。

 

 ガッ・・・ギィーーーーーッン!!


「………ッッッつぅッ……!!!」

 手のひらに…腕に……尋常じゃない痺れが走った。まるで岩でも叩いたような感触に、思わずバットを取り落としそうになる。でも。

「ゥおオおっッ・・・・・・ッーーーッ!!!」


「や……やったッッ!!!」

 僕の会心の一撃が決まった。しゅわしゅわとヤツの爪が…人間で言うところの拳の部分が消えていく。予想の通りというか、実体化している部分はやっぱりバットで殴っても有効打になるのだ。


 いける…いけるぞ……これなら…!



「グるルぅゥゥっッ・・・・・・ッ!」

 …わずかに怪物が怯んだような声を上げた。さっきまでは余裕しゃくしゃく、といった雰囲気だったのに。


 この期を逃す手はない。すかさず追撃を…とも思ったが、闇雲にバットを振り回したところで、昨日の絵依子の二の舞になるだけだと判っている。それではムダに体力を奪われるだけだ。あくまで僕のやるべきは徹底的に「待ち」の戦法だけだ。


「…ほら、こいよ。僕なんかにビビってるのか? えぇ?」

 だからわざと大げさに怪物を煽り立ててみる。これであいつが頭に血が上って、僕を食い殺そうと頭から突撃でもしてくれれば最高だ。

 その時こそ、僕の必殺満塁ホームランスイングが炸裂する時だ。


「ぐロあアァーーーーーーッッ!!!」

 期待通り、狙い通りに、ヤツが奇声を上げながら腕を振りかざし、僕に向かって猛突進してきた。予想していた僕はバットを思い切り後ろに引き絞る。そして……!




 ギィ・・・ィーーーーーッン!!


 またも岩を叩いたような衝撃が腕に走る。でもそれはつまり…!!


「ぅお……りゃああーーーーーーーーーーッッ!」

 僕の肩を掴み、床に這いつくばらせるのが狙いだっただろう腕ごと、僕は全力でバットを振り抜いた。

 腕の上の方は実体化していなかったんだろう。もやのような上腕は何の抵抗もなく、バットはそこを通り抜け、完璧にヤツの頭をミートした!


「オご・・・ろオォぉ・・・・・・っ・・・」

 …おかしな声を怪物が上げた。やがて怪物の頭が煙のように消えていき、みるみるうちに身体も周囲の空気…暗闇に溶けていく。

 これ……は…っ。



「や…やった……、やって…やった…ぞぉっ!! うおおおお!!!」


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