第4話 文化祭まであと一か月④
その日の放課後。
六人は学校から離れた駅前にある、小さな喫茶店へ集まっていた。
木の扉を開けると、カラン、と心地よいベルが鳴る。
コーヒーの香ばしい香りと、どこか懐かしいジャズが店内に流れていた。
「いらっしゃい。」
カウンターの奥から優しそうな男性が顔を出す。
「伯父さん、お店の奥借りるね。」
「おう、好きに使っていいぞ。」
ここは小林の伯父が営む喫茶店だった。
放課後は比較的空いており、奥のソファ席はちょっとした秘密基地のようになっている。
六人はテーブルを囲むように腰を下ろした。
しばらく気まずい沈黙が流れる。
学校ではほとんど話したことがない者同士だ。
何から話せばいいのか分からない。
そもそもクラス替えからのあった4月から半年以上が経っているのにもかかわらず、
渡辺 穂乃香は一人、静かに本を読んでるような存在で、
伊藤 一花もイヤホンで音楽を聴きながら何かを縫っているような子だ。
石井 陽輔は教室の後ろの席でスマホゲームのイベントを周回しているか寝ているかしかしていないような感じだ。
大森 太陽は課題をやっているか机に突っ伏して寝ているか。
大竹 護はいつも小難しそうな歴史の新書を読んでいるし、
小林 愛里は放課後のバイトのシフト表を作ったり製菓のレシピ動画を眺めている。
一人でいることを苦にしていないようで、
「おはよう。」
程度の挨拶は交わす。
しかし、それ以上でもそれ以下でもない。
昼食も別々。放課後も別々。
休日に遊ぶことなど一度もない。クラスメイトから見れば、「地味な六人」という認識だった。
「……じゃあ、改めて自己紹介しようか。」
小林が小さく笑う。
「私は小林愛理です。みんなからはコバって呼ばれてます。お菓子作りが趣味で、家でもよくケーキとか焼いてます。」
「伊藤一花です。イッチって呼ばれてます。ドルヲタで推しのぬいを作るのが趣味です。服とか小物とか作るのが好き。」
「渡辺穂乃香です。ワッちゃんでいいよ。コスプレが趣味。衣装作りもメイクも結構好き。」
女子三人が順番に話す。
続いて男子。
「大竹護です。タケちゃんって呼ばれてる。特技って言えるほどじゃないけど……体力だけはあります。」
「石井陽輔。イシイでいい。」
短く言って頭を下げる。
「僕は大森太陽です。モリって呼ばれてます。よろしく。」
ぎこちなかった空気が、少しだけ柔らかくなった。
その時だった。
「今のままじゃ……。」
イッチがテーブルを見つめながら口を開く。
「私たち、当日もあいつらに馬鹿にされて、最悪の文化祭にされちゃうよね。」
誰も否定できなかった。
「積極的になんかやりたかった訳じゃないけど……。」
イシイが苦笑する。
「あれはないよな。」
教室で浴びせられた笑い声が頭から離れない。
「でも。」
タケちゃんが困ったように頭をかく。
「僕たちじゃ何ができるかって言われたら……。」
言葉が続かない。
「だよね。」
モリもため息をつく。
「でも、悔しい。」
その一言に全員が静かにうなずいた。
しばらく沈黙が流れる。
「……ちょっといいかな。」
突然、ワッちゃんが立ち上がった。
「え?」
何をするのか分からず、男子三人が顔を見合わせる。
ワッちゃんはタケちゃんの前まで歩くと、無言で前髪を手でかき上げた。
「わっ!」
「じっとして。」
続いてイシイ。
ボサボサに伸びた前髪を左右に分け、顔をじっと見つめる。
最後はモリ。
髪を軽く整えながら、横顔までしげしげと観察する。
「な、何?」
三人とも完全に狼狽えていた。
女子二人も、不思議そうにその様子を見守る。
数秒後。
ワッちゃんは腕を組み、小さくうなずいた。
そして、自信満々に言い切る。
「――これなら、いける。」
その断言に、五人は一斉に「え?」と声を上げた。
ワッちゃんの自信満々な一言に、その場の空気が止まった。
「いけるって……何が?」
イッチが首をかしげる。
ワッちゃんはニヤリと笑うと、男子三人を順番に指さした。
「この三人。」
「え?」
「タケちゃんも、イシイも、モリも、顔立ちはみんな普通。悪い意味じゃないよ?」
三人は複雑そうな表情を浮かべる。
「つまりね。」
ワッちゃんは人差し指を立てた。
「可もなく不可もない顔って、一番化けるの。」
「……化ける?」
モリが聞き返す。
「そう。」
ワッちゃんは力強くうなずいた。
「メイクと髪型、それに衣装で印象なんていくらでも変えられる。コスプレ界隈じゃ当たり前なんだから。」
そう言ってスマホを取り出し、イベントで撮った写真を数枚見せる。
「この人、普段は普通の会社員。」
次の写真。
「この子は大学生。」
さらに次。
「で、この人は私のコスプレ仲間。」
どの写真も、アニメやゲームのキャラクターそのものだった。
「えっ!? 同じ人なの!?」
コバが思わず声を上げる。
「メイクって、ここまで変わるの?」
「変わるよ。」
ワッちゃんは即答した。
「だから私は確信した。」
男子三人を見回しながら、満面の笑みを浮かべる。
「この三人なら、絶対に化けられる。」
一瞬の沈黙。
そしてイッチが目を丸くした。
「ちょっと待って……。」
嫌な予感がした。
「つまり……。」
ワッちゃんは満面の笑みで宣言する。
「三人にコスプレしてもらう!」
「「「マジで!?」」」
男子三人の叫び声が、喫茶店の奥の席に響き渡った。
「ちょ、ちょっと待って!」
「俺たちが!?」
「いやいやいや、無理無理無理!」
三人は一斉に首を横へ振る。
しかしワッちゃんだけは、逃がさないと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
男子三人は顔を見合わせた。
「じゃあ。」
ワッちゃんは腕を組んだまま、真っすぐ三人を見る。
「三人は、あいつらに馬鹿にされたままでいいんだ?」
その一言に、空気が張り詰める。
「……それは嫌だけど。」
最初に口を開いたのはタケちゃんだった。
「でも、コスプレって……。」
イシイも困ったように頭をかく。
「う~ん……。」
モリも腕を組み、複雑そうな表情を浮かべる。
三人とも否定はしない。
だが、「やる」とも言えなかった。
今までとはまったく違う世界だ。
人前で衣装を着て、メイクまでして接客する。
想像しただけで恥ずかしさが込み上げてくる。
そんな男子三人とは対照的に、女子二人の反応は正反対だった。
「それ、いいね!」
真っ先にイッチが身を乗り出す。
「ぬいの服を作ってるから、衣装作りのお手伝いならできると思う!」
目を輝かせながらワッちゃんを見る。
「私も賛成!」
コバも力強くうなずいた。
「お菓子作りなら任せて。文化祭で出せるメニューに合わせて、かわいいスイーツを考えてみる!」
さっきまで沈んでいた表情はもうなかった。
好きなことなら、自分たちにも力になれる。
そんな希望が少しずつ芽生え始めていた。
ワッちゃんは二人を見て満足そうに笑う。
「よし。これで女子三人は決まり。」
そう言って、今度はゆっくりと男子三人へ視線を向けた。
「残るは君たちだけ。」
三人は同時にごくりと息をのんだ。
ワッちゃんは両手をテーブルにつき、男子三人の目をまっすぐ見つめた。
「それで。」
一拍置いて言う。
「やるの? やらないの?」
三人は思わず目をそらした。
タケちゃんは腕を組み、イシイは頭をかき、モリは苦笑いを浮かべる。
誰も決断できない。
そんな三人に、イッチが静かに口を開いた。
「どうせ馬鹿にされるならさ。」
三人が顔を上げる。
「何もしないで『それ見たことか』って笑われるくらいなら、一発逆転にかけてみようよ。」
その言葉には、教室で受けた悔しさがにじんでいた。
続けてコバも言う。
「私、お菓子作りなら頑張れる。イッチは衣装が作れる。ワッちゃんはメイクもコスプレもできる。」
そこで一度言葉を切り、男子三人を見渡した。
「でも、男子三人がのってくれないと、私たちも何もできずに終わるんだけど。」
その一言に、三人は押し黙る。
女子三人の表情は真剣だった。
ふざけているわけでも、無理やり巻き込みたいわけでもない。
本気で、この六人で文化祭を成功させたいと思っている。
「……なぁ。」
イシイがぽつりとつぶやく。
「ここまで言われたら、逃げるのも格好悪いよな。」
「そうだね。」
タケちゃんが苦笑する。
「正直、めちゃくちゃ恥ずかしいけど。」
モリも肩をすくめた。
「やる前から諦めるよりは、やって後悔した方がいいか。」
三人は顔を見合わせる。
そして、ほぼ同時に小さくうなずいた。
「……やるよ」
「わかりました」
「そこまで言うなら、乗った。」
その返事を聞いた瞬間、
「やったー!」
三人の女子が思わず声をそろえて立ち上がった。
男子三人は苦笑しながら顔を見合わせる。
気が付けば、完全に押し切られていた。




