閑話④ クッキー制作編 『コバ、クッキーの海に死す(死んでない)』
コバの物販――三色ハートクッキー制作は、まず試作品を作るところから始まった。
文化祭まで約一か月。
コバは放課後になると、伯父の喫茶店『アルプス』の厨房へ通い詰めていた。
目指すのは、
美味しい。
見た目が可愛い。
そして原価が安い。
この三条件を満たすクッキーである。
「文化祭だからね。利益も出したいじゃない」
そう言ってコバは毎日のように生地を捏ね、焼いては食べ、焼いては食べを繰り返していた。
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一週目。
まだ楽しかった。
「おっ、これ結構いいかも」
試作品A。
「でも少し甘いかな」
試作品B。
「焼き時間変えてみよう」
試作品C。
改善点もはっきり見えていた。
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二週目。
だんだん様子がおかしくなってくる。
「……これどう思う?」
学校の昼休み。
コバが取り出したジップロックには大量のクッキーが入っていた。
「試作品?」
とワッちゃん。
「うん」
「美味い」
とイシイ。
「美味しい」
とタケちゃん。
「うまいね」
とモリ。
「美味しいよ」
とイッチ。
「うん、美味しい」
とワッちゃん。
コバは無言になった。
「違うの」
「え?」
「AとBとCどれがいい?」
五人は顔を見合わせた。
そして数秒後。
「全部美味い」
という結論に落ち着いた。
全く参考にならなかった。
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試作品はさらに増えた。
A。
B。
C。
D。
E。
そしてA+。
B-。
C+。
D改。
E改二。
どこかで見たような命名規則になり始める。
そしてある日。
コバは気付いた。
「……味が分からない」
食べ過ぎである。
完全に舌が麻痺していた。
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困り果てたコバは伯父に相談した。
「伯父さん、これどう思う?」
「うまい」
「じゃあこっちは?」
「うまい」
「こっちは?」
「うまい」
「違いは?」
伯父はしばらく考えてから言った。
「お前、モンドセレクションにでも出品するつもりなのか?」
「文化祭です」
「十分だろ」
呆れた顔をされた。
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そうして最終レシピが完成したのは文化祭直前だった。
いちご。
抹茶。
ココア。
三色のハートクッキー。
味も見た目も合格。
伯父からも販売許可が出た。
そして十月二十八日。
いよいよ量産作業が始まる。
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放課後。
厨房の一角が完全に占領された。
業務用オーブンは一度に天板三枚。
六十枚近くをまとめて焼ける。
問題は焼くことではない。
絞ることだった。
生地は柔らかい。
放置するとダレる。
だから冷蔵庫で冷やしながら絞る。
絞ったらまた冷やす。
焼く。
冷ます。
また絞る。
その繰り返し。
気付けば厨房の冷蔵庫はクッキー生地だらけになっていた。
伯父が冷蔵庫を開けて固まる。
「……おい」
「なに?」
「他の食材が入らん」
冷蔵庫の棚という棚に、
いちご。
抹茶。
ココア。
いちご。
抹茶。
ココア。
生地のボウルがぎっしり並んでいる。
「ちょっと借りてるだけだから」
「店の冷蔵庫なんだが?」
「文化祭終わったら返す」
「返すってなんだ」
伯父は深いため息を吐いた。
その横でコバは黙々と絞り袋を握り続けていた。
文化祭まで、あと二日。
まだラベル貼りも残っている。
そしてその頃のコバはまだ知らない。
このクッキーが――
まさか追加生産する羽目になるほど売れるとは思っていなかったのであった。




