閑話③ 地味男子をアイドルにしてみた③ ~軍服衣装制作編~
――学ランはこうして犠牲になった。
放課後。
特別棟二階、第2被服室。
ミシンの音とアイロンの匂いが漂うその部屋は、イッチの所属する手芸部の活動拠点であり、同時にFチームの秘密基地でもあった。
その日、男子三人は大きな紙袋を抱えて集められていた。
「持ってきたよ」
「言われた通り中学の制服」
「本当にこれ使うの?」
紙袋の中から現れたのは、見慣れた黒い学ラン。
ボタンが少しくすみ、袖には三年間使った痕跡が残っている。
ワッちゃんは腕を組みながら頷いた。
「まずサイズ確認するから着てみて」
「え?」
「いいからいいから」
言われるまま三人は着替える。
しばらくして。
タケちゃん、モリ、イシイの三人が並んだ。
「おおー」
イッチが感心したような声を上げる。
「普通に入るじゃん」
「成長期だから無理かと思った」
「だよね」
ところが三人は口を揃えた。
「「「親が大きくなると困るからって」」」
一瞬沈黙。
そして女子三人は同時に頷いた。
「あー」
「あるある」
「親あるある」
確かに制服は高い。
最初から少し大きめを買う家庭は珍しくない。
幸い三人とも太ってはいない。
結果として中学時代の制服は今でも普通に着られた。
「よし。これならいける」
ワッちゃんが満足そうに頷く。
その横でコバが学ランを眺めながらぽつりと言った。
「学ランってさ」
「うん?」
「そこはかとなくダサいよね」
「言っちゃった」
イッチが吹き出す。
男子側も否定できない。
「まぁ、ズドーンとしてるし」
「形が真四角なんだよな」
「オシャレではない」
ワッちゃんも頷いた。
「だから改造するんだよ」
「どんな風に?」
タケちゃんが聞く。
するとワッちゃんは得意げな顔でスマホを取り出した。
「参考画像はこちら」
画面に表示されたのは――
詰襟軍服。
しかも海兵隊将校風の儀礼服だった。
金ボタン。
肩章。
飾緒。
胸元の徽章。
無駄に格好いい。
男子三人の目が一斉に輝いた。
「おおっ!」
「かっけぇ!」
「これになるの!?」
「なる」
ワッちゃんは断言した。
そして続ける。
「というわけで」
学ランを持ち上げる。
「カラー剥がします」
「ボタン全部外します」
「襟も加工します」
「飾り紐付けます」
「肩章作ります」
「つまり原型なくなります」
男子三人。
「おおー!」
全員ノリノリだった。
もはや中学の思い出への未練など微塵もない。
しかしその時。
イッチが突然、
「あ!」
と声を上げた。
全員が振り返る。
「どうしたの?」
「待って待って待って」
イッチは学ランを指差した。
「ワッちゃん」
「なに?」
「先にメイクして」
「は?」
「普通の学ラン姿の写真欲しい」
部屋が静まり返る。
ワッちゃんが数秒考えた後。
「あー……確かに」
納得した。
「ビフォーアフター用か」
「そうそれ!」
イッチの目が輝く。
「改造前の記録は大事!」
「比較画像ほしい!」
「動画映えする!」
オタク二人のテンションが一気に上がった。
男子三人は嫌な予感しかしない。
「え?」
「今から?」
「撮るの?」
「撮る」
即答だった。
十分後。
第2被服室の一角は即席撮影スタジオになっていた。
窓際の自然光。
白布を背景代わりに張る。
ワッちゃんは一眼レフを構えた。
「まずタケちゃん」
「はい」
軽くメイクを施される。
髪も整えられる。
ただし衣装は普通の学ラン。
「おー」
コバが感心した。
「普通に生徒会長っぽい」
「言われると見える」
パシャパシャとシャッター音が響く。
続いてモリ。
「学園ドラマの後輩枠」
「わかる」
「犬系」
本人だけ意味が分かっていない。
最後にイシイ。
学ランを着て立っただけで妙に絵になる。
「センターだ」
「センターだね」
「センターだな」
三人とも満場一致だった。
「なんでだよ」
本人は不満そうだったが、
ワッちゃんは無情にシャッターを切り続けた。
やがて撮影終了。
男子三人がスマホを覗き込む。
そこに映っていたのは。
確かに自分たちだった。
だが、普段鏡で見る自分とは少し違う。
姿勢。
表情。
髪型。
光。
ほんの少し手を加えただけなのに、
どこか別人のようだった。
「……すげぇ」
タケちゃんが呟く。
ワッちゃんは満足そうに笑った。
「では撮影もした事だし改造します!」
「どこ切るの?」
「切らないよ?」
男子三人が固まった。
「え?」
「学ランって完成度高いんだよ。詰襟だし色も黒だし」
ワッちゃんは学ランの肩をポンポン叩く。
「軍服に必要なのはシルエットと装飾」
イッチも頷く。
「肩章付けて、金ボタン増やして、飾り紐付けて、ベルト締めればだいたい軍服」
「それだけ?」
「それだけ」
コバが笑う。
「オタクはね。予算がないから誤魔化す技術だけは高いの」
「学ランってね、実は軍服が元祖だから相性いいんだよ」
ワッちゃんは持参した参考画像と学ランを見比べながら言った。
「だから大改造はしない。土台はそのまま活かす」
「具体的には?」
イシイが聞く。
ワッちゃんは指を折りながら説明した。
「まずボタン」
学ランの前を指差す。
「これは全部外して金ボタンに交換」
「おお」
「次に襟」
詰襟部分を摘まむ。
「この上から黒のベロア生地で被せ襟を作る」
「被せ襟?」
「うん。取り外しできるやつ」
イッチも横から補足した。
「その縁に金モールを縫い付けると一気に高級感出るんだよ」
「なるほど」
「あと袖口にも折り返しを黒ベロア生地で作って金モールで飾ります」
「肩章は新造」
ワッちゃんが肩を叩く。
「フェルト芯と合皮で土台作って、金ブレード付けて縫い付ける」
「本格的だな……」
「あと飾緒ね」
肩から胸へ流れる金の組紐を指差す。
「あれ付くだけで軍服感が一気に三倍増す」
男子三人は素直に頷いた。確かに格好いい。
「ズボンは?」
モリが聞く。
「脇に金モール一本」
「それだけ?」
「それだけ」
ワッちゃんは断言した。
「でもね、舞台衣装って近くで見る服じゃないから」
「遠くから見ると?」
「軍服にしか見えない」
イッチがニヤリと笑う。
「オタクは錯覚を作る職人だからね」
「でもなんで最初から作らないの?」
モリが参考画像を見ながら聞いた。
するとイッチが即答した。
「お金」
「それ」
ワッちゃんも頷く。
「軍服一着まともに作ったら生地代だけで数千円飛ぶ」
「しかも三着」
イッチが電卓を叩く真似をする。
「時間も足りないしね」
文化祭まで残り一か月。
型紙を起こし、生地を裁断し、仮縫いしてサイズ調整して――などとやっていたら間に合わない。
「だから学ランを使う」
ワッちゃんはタケちゃんの制服の肩を叩いた。
「もう完成してる服だから」
「確かに」
「詰襟だし黒だし」
「サイズもぴったりだし」
「縫製も丈夫」
イッチが続ける。
「つまり土台として優秀」
コバも頷いた。
「必要なのは遠くから見た時の印象だけだもん」
文化祭の客は数メートル離れた位置から見る。
しかも照明は暗め。
さらに踊る。
「だから細部よりシルエット」
「肩章」
「金ボタン」
「飾緒」
「金ライン」
「軍帽」
指折り数える。
「これだけ揃えば脳が勝手に軍服認定する」
「雑!」
「でも事実!」




