閑話② 地味男子をアイドルにしてみた② ~私服改造編~
それは合同練習会よりも少し前、10月3日(土)のことだった。
前日の金曜日。
グループLINEに、イッチから一通のメッセージが投下された。
『トレカ撮るから私服集合』
既読はすぐについた。
しかし、それ以上の反応はなかった。
そして翌日。
駅前の待ち合わせ場所で、女子三人は男子たちの到着を待っていた。
最初に現れたのはタケちゃん。
ジャージだった。さすがに学校ジャージでは無かったが、どう見ても「部活帰りの高校生」である。
続いて現れたモリは、胸いっぱいに英字ロゴがプリントされた謎のTシャツ姿。
そして最後にやって来たイシイは、チェックシャツをきっちりパンツインしていた。
その瞬間。
三人を見た女子側の空気が完全に止まった。
(私、トレカ撮影って言ったよね?)
イッチは真顔になった。
(チェックシャツをパンツインする男子って、本当に存在するんだ……)
ワッちゃんも固まる。
(あの英字Tシャツ、逆にどこで売ってるんだろう)
コバは別方向で感心していた。
「な、なに?」
三人が不安そうに顔を見合わせる。
数秒の沈黙。
そしてイッチが厳かに宣言した。
「緊急事態です」
「え?」
「今すぐ家帰ってクローゼット全部写真撮って」
「全部?」
「全部」
残酷な命令だった。
◇◇◇
その夜。
グループLINEは阿鼻叫喚の戦場と化した。
『タケちゃん、その黒パーカー残して』
『どれ?』
『それ。それと下のダボっとしたジーンズ』
『これお母さんがサイズ間違えて買ってきたやつだけど』
『いいから残して』
イッチは思わずスマホに向かって突っ込んだ。
(高校二年男子の服をお母さんが買ってくるのかーい!)
『靴見せて』
『スニーカーとスニーカーと学校の靴』
『……他は?』
『探してみる』
タケちゃんが部屋の探索に入ったので、イッチは次のターゲットへ移る。
『イシイ、端から順番に撮って』
送られてきた写真にはアニメコラボTシャツが並んでいた。
(まぁ……オタクだし……)
イッチは深呼吸した。
『ストップ。その黒い革ジャン出して』
『これ?』
『あと白のVネック』
『これ薄くて寒いんだけど』
『いいから』
即答だった。
さらにモリ。
『モリ、生きてる?』
既読は付いているのに反応がない。
『寝てない?』
『お、起きてる!』
ようやく返事が来た。
送られてきた写真はジーンズとトレーナーだらけだった。
『そのレモン色のパーカー』
『サイズ間違えて買ったやつ』
『最高。それ着てきて』
『え?』
『いいから』
こうして深夜まで続いたスタイリング会議は幕を閉じた。
◇◇◇
翌日。
再び駅前集合。
女子三人は男子たちを見た瞬間、思わず顔を見合わせた。
タケちゃん。
黒のジップアップパーカーに白T。
ワイドパンツ。
高身長が映える。
「え、普通にイケメンじゃん」
イシイが素で呟いた。
モリ。
レモンイエローのオーバーサイズパーカー。
バレルパンツ。
柔らかい雰囲気が一気に引き立つ。
そしてイシイ。
黒革のブルゾンに白いVネックセーター。
黒のスラックスデニム。
「普通にいいじゃん」
ワッちゃんが頷いた。
三人は自分たちの姿を見比べながら首を傾げる。
何が起きているのか理解できないらしい。
クローゼットの中身を網羅したイッチはまともな服もあったのになぜ昨日よりによってアレを選んで来たのか、の方が理解出来ないと思っていた。
◇◇◇
その後、一行は駅近くのカラオケボックスへ移動した。
簡単なヘアセットとメイク。
そして撮影会場となる公園へ。
初夏には古代蓮で有名な大きな池のある公園だ。
週末ということもあり、マルシェが開かれ賑わっている。
「じゃあ自由に歩いてて」
ワッちゃんがカメラを構えた。
「え?」
「こっちで勝手に撮るから」
三人は半信半疑のまま歩き出す。
ワッちゃんは大口径レンズを装着していた。
背景の人混みやキッチンカーは F値を思い切り小さく(開放)する事で美しい玉ボケとなり、三人だけが自然に浮かび上がる。
友達同士で笑う瞬間。
何気なく振り返った瞬間。
屋台を覗き込む瞬間。
シャッター音が軽快に響いた。
しばらく撮影した後、ベンチに座って写真を確認する。
そして三人は固まった。
「服だけでこんな変わるの?」
タケちゃんが驚く。
「顔じゃないの?」
モリも首を傾げた。
イッチは即答した。
「顔より先に服、雰囲気イケメンだね」
ワッちゃんが笑う。
「オタクは推しを育てる生き物だから」
三人は揃って黙った。
「それ褒めてる?」
イシイが聞く。
「もちろん」
女子三人は満場一致で頷いた。
◇◇◇
夕方。
池の周辺は黄金色の光に包まれていた。
長く伸びる影。
水面の反射。
柔らかな逆光。
ポートレート撮影には最高の時間帯だ。
「顎引いて」
「目線こっち」
「笑わない」
「もっと笑わない」
「だから笑うな」
「無理!!」
三人の悲鳴と共にシャッター音が響く。
そのたびに、ただの高校生だった彼らが別人のように写っていく。
コバはモニターを覗き込みながら笑った。
「これ、そのまま売れるやつだね」
ワッちゃんはファインダー越しに答える。
「だから言ったでしょ」
「素材は悪くないって」
その日。
男子三人は初めて理解した。
自分たちは完成品ではない。
――育てられる側なのだと。




