閑話① 『ワッちゃんねる』特別編 地味男子をアイドルにしてみた① ~ダンス特訓編~
時間は遡って10月17日(土)。文化祭まであと12日。
今日は公営のダンス練習場を借りての全体練習日だった。
壁一面が鏡張りになったスタジオ。
冷房の効いた広いフロアの隅で、コバがスマホ用の三脚を立てている。
「はい、撮影準備オッケー」
コバはいつも通りの私服姿。
一方、ワッちゃん、イッチ、そして男子三人は全員Tシャツにジャージという動きやすい格好だ。
文化祭まで残り三週間。
男子三人にはすでに自宅で動画を見ながら振り付けを覚えてもらっている。
「じゃあ、一回通しで踊ってみて」
ワッちゃんがスマホを操作する。
「間違えても曲は止めないから。最後まで踊り切ること」
「お、おう」
「了解」
「頑張る」
男子三人が鏡の前に並んだ。
そして――
イントロが流れ始める。
M!LK『爆裂愛してる』。
覚えたばかりの振りを必死になぞる三人。
最初は良かった。
だが曲が進むにつれ、
「えっと次なんだっけ」
「うわっ」
「逆だ!」
小さなミスが積み重なっていく。
それでも曲は止まらない。
汗だくになりながら必死に踊る。
やがて最後のポーズ。
バシッ。
……にはならず、
バラバラッ。
と、それぞれ微妙に違うポーズで終わった。
「はぁっ……」
「はぁ……」
「死ぬ……」
三人は床に座り込みそうになりながら肩で息をする。
まだ一曲だ。
たった一曲なのに息が上がっている。
「どうだった?」
イシイが恐る恐る尋ねた。
ワッちゃんは腕を組む。
「んー」
イッチも腕を組む。
「まぁ」
二人は顔を見合わせた。
「振りは覚えてたね」
「まぁ、本当に覚えてただけだけど」
「えっ!?」
三人の声が揃った。
「覚えてたならいいじゃん!」
モリが抗議する。
するとワッちゃんが鏡の前に立った。
「じゃあお手本やるから見てて」
「え?」
「イッチ」
「はいはい」
二人が並ぶ。
コバがニヤニヤしながらスマホの録画ボタンを押した。
「じゃあいきまーす」
曲が流れる。
そして――
男子三人は目を見開いた。
まるで別の曲だった。
同じ振り。
同じ音楽。
なのに全く違う。
動き出した瞬間から空気が変わった。
指先が伸びる。
足運びに迷いがない。
体の軸がぶれない。
ターンするたびに髪が流れ、止まるたびにピタリと静止する。
鏡の中で二人の動きは完全に揃っていた。
サビに入る。
リズムに合わせて身体が弾む。
重心移動。
視線。
首の角度。
どれも自然なのに目を奪われる。
そして――
《ば・く・れ・つ❤︎》
のフレーズ。
二人の動きが寸分の狂いもなく重なった。
その瞬間だけでプロモーションビデオのワンシーンみたいだった。
曲が終わる。
最後のポーズ。
ピタリ。
完全静止。
数秒間、誰も喋らなかった。
男子三人はただ呆然と立ち尽くしていた。
「え」
最初に声を出したのはタケちゃんだった。
「え?」
モリも同じ反応。
「なんでそんな踊れんの?」
イシイが素直な疑問を口にした。
ワッちゃんとイッチは顔を見合わせる。
そして息ぴったりに答えた。
「「ヲタクだから」」
「意味がわからん!」
三人が同時にツッコんだ。
コバは撮影しながら爆笑している。
「いやマジで」
イッチが言う。
「推しのライブ映像とか何百回も見るし」
「イベントで踊るし」
「コスプレダンスとかもやるし」
ワッちゃんも頷いた。
「気付いたら踊れるようになってるんだよ」
「怖い」
タケちゃんが真顔になった。
「ヲタク怖い」
「失礼だなぁ」
ワッちゃんが笑う。
そして次の瞬間。
表情が変わった。
「じゃあ特訓始めようか」
男子三人は本能的に嫌な予感を覚えた。
「まずイシイ」
「はい」
「指先」
「え?」
「指先が死んでる」
「指先?」
「アイドルは指先までアイドル」
「意味わかんない」
「次、モリ」
「はい」
「肩」
「肩?」
「肩が迷子」
「肩が迷子って何?」
「次、タケちゃん」
「俺は?」
「デカい」
「どうしろと!?」
コバの笑い声がスタジオに響いた。
こうして。
後に文化祭で全校生徒を熱狂させることになるアイドルグループ(仮)の、地獄の特訓が始まったのである。
「あと動きにキレが無い」
ワッちゃんが鏡の前に立ちながら言った。
「腕を伸ばす時も、ただ伸ばすだけじゃダメ。最後に一瞬ピタッて止めるの」
実演してみせる。
腕が一直線に伸びた瞬間、空気を切り裂くような鋭さが生まれる。
「ほら、これ」
次にわざと力を抜いて同じ振りをやる。
だらぁ~。
なんとも締まらない。
「うわ、全然違う」
モリが思わず声を上げた。
「でしょ?」
ワッちゃんが頷く。
「ダンスってね、止まるところを止めるだけで見違えるんだよ」
イッチも鏡の前に出た。
「それと、この曲の見せ場はサビだからね」
スマホで動画を開きながら説明する。
「ここ」
《ば・く・れ・つ❤︎》の部分を再生する。
「三人が完全に揃って見えるかどうかで印象が全然違う」
「だからシンクロ率が命」
「なるほど……」
イシイが真剣な顔で頷いた。
「じゃあもう一回やってみよう」
「おう!」
「頑張る!」
「今度こそ!」
曲が流れる。
男子三人が踊り始める。
さっきよりは少し良い。
少しだけ。
だが。
「ストップ!」
ワッちゃんの声が飛ぶ。
開始十五秒。
「早くない!?」
タケちゃんが叫んだ。
「イシイ!」
「はい!」
「そこの腰の振りは、こうッ!」
ワッちゃんが見本を見せる。
同じ動きなのに妙に色気がある。
「なんでそんな違うの!?」
「知らない!」
「練習して!」
理不尽だった。
「次!」
イッチが指差す。
「モリ!」
「はい!」
「なんでタケちゃんと同じ振りになってるの!」
「え?」
「二人はミラー!」
「ミラー?」
「鏡!」
「右と左!」
「逆!」
「あっ」
「気付くの遅い!」
コバがカメラ越しに爆笑している。
「これ絶対動画の見どころになるわ」
「撮らなくていいから助けて!」
モリが悲鳴を上げた。
しかし鬼コーチたちは容赦しない。
「はい」
ワッちゃんが手を叩く。
「じゃあもう一回最初から」
「ええっ!?」
「まだサビ行ってないよ?」
「それはそうだけど!」
「最初からやった方が効率いいから」
「効率とは」
再びイントロ。
三人が踊る。
二十秒。
三十秒。
一分。
「ストップ!」
「今度は何!?」
イシイが叫ぶ。
「指先」
「また!?」
「指先」
「そんなに大事!?」
「大事」
ワッちゃん即答。
「アイドルは指先まで推されるんだから」
「意味がわからない」
「分からなくていいから伸ばす」
「はい……」
さらに十分後。
「ストップ!」
「今度は!?」
「タケちゃん」
「俺!?」
「身長高いから一人だけ振りが大きすぎる」
「褒められてる?」
「違う」
「違うのか……」
さらに二十分後。
「ストップ!」
「また!?」
「モリ」
「はい……」
「楽しそうに踊って」
「今そんな余裕ない!」
「ダメ」
「理不尽!」
床に座り込む三人。
汗だく。
息も絶え絶え。
まだ練習開始から一時間も経っていない。
それなのに。
「よし」
ワッちゃんが笑顔で言った。
「だいぶ良くなった」
「本当?」
三人の目が輝く。
「うん」
「じゃあ」
ニコッ。
「もう一回最初からやろう!」
「「「うわあああああああああ!!!」」」
スタジオに絶叫が響き渡った。
コバはその様子を撮影しながら思った。
――文化祭まで、まだ三週間ある。
この三人、生き残れるかな。
そんな不安と期待を胸に、スマホの録画ボタンは回り続けていた。
そんなこんなで、十月二十四日(土)。
文化祭まで、あと一週間。
前回と同じ公営スタジオを借り、Fチーム最後の合同リハーサルが始まろうとしていた。
今日はただ踊るだけではない。
本番と同じ衣装、本番と同じメイク。
実際に着替えやメイクにどれだけ時間がかかるのかも含めて確認する、総仕上げの日である。
ワッちゃんが腕時計を見ながら言った。
「よし。本番と同じ流れでいくよ。着替え終わったら立ち位置について」
三人は頷き、それぞれの位置へ向かう。
センターはイシイ。
向かって右にモリ。
左にタケちゃん。
三人とも黒と金でまとめられた軍服風衣装を身にまとい、肩には金色の飾緒が揺れている。
最後に軍帽を目深に被ると、さっきまで普通の高校生だった面影はほとんど消えていた。
ここに至るまで男子3人は頑張った。平日は各自で自主トレを行い、土日はモリの家で3人で練習を重ねた。モリん家のやんちゃな小学生の弟達でさえもドン引いて近づいて来ないほど練習した。
だから大丈夫。今日こそは1発クリアだ! と。
「カメラ回すよー。」
コバが三脚に固定したカメラの録画ボタンを押す。
室内に静かなイントロが流れ始めた。
三人は俯いたまま微動だにしない。
やがてメロディーが終わり、曲調が切り替わる。
二拍目。
パッ――。
三つの軍帽が綺麗な放物線を描いて後方へ飛んだ。
同時に顔を上げる。
前後クロスステップ。
腕を頭上へ大きく伸ばし、一瞬静止。
最初のシンクロが完璧に決まる。
そのままリズムに合わせてフォーメーションを変え、身体を大きく使って踊り続ける。
腕を振り切る。
足を止める。
地球を回すような振りでは、一拍の「止め」がしっかり効いていた。
サビへ入る。
三人のタイミングはほとんど狂わない。
何十回と繰り返した練習の成果が、その一曲に凝縮されていた。
そして最後の音。
バシッ。
三人は寸分違わぬタイミングでポーズを決め、静止した。
スタジオに静寂が戻る。
「はい、お疲れー。」
コバが録画を止める。
三人は大きく息を吐いた。
思ったほど息は上がっていない。
二週間前は一曲踊るだけで床に倒れ込んでいたのが嘘のようだった。
高校生の文化祭レベルとして見れば、百点満点。
誰が見ても胸を張れる完成度だった。
……ただし。
その場にいる採点者が普通なら、である。
目の前には。
ガチのコスプレイヤーと。
ガチのドルオタが立っていた。
ワッちゃんが腕を組み、静かに頷く。
「うん。」
男子三人の顔がぱっと明るくなる。
「ダンスの振りは完璧だね。」
「よっしゃ!」
イシイが小さくガッツポーズをした。
二週間。
夢にまで振り付けが出てくるほど練習した甲斐があった。
ようやく合格だ。
そう思った、その時だった。
「ただ。」
イッチが静かに口を開く。
三人の笑顔が一瞬で凍りつく。
(まだ何かあるの!?)
嫌な予感しかしない。
イッチは一歩前へ出ると、きっぱりと言い切った。
「色気がない。」
スタジオが静まり返る。
「確かに。」
ワッちゃんまで頷いた。
「「えぇっ!?」」
三人の声が見事に重なった。
ダンスは完璧。
なのに減点理由が"色気"。
そんな採点項目、聞いたこともない。
イッチは真剣そのものだった。
「振りは全部合ってる。でも、カメラ目線が弱い。」
「カメラ……目線?」
イシイが恐る恐る聞き返す。
「うん。」
イッチは当然のように頷いた。
「最初の『愛〜』のあと起き上がるところ。」
「『現代』の指差し。」
「『一緒にいたいっしょ』。」
「ここ全部、カメラを射抜くところだから。」
三人はぽかんと口を開ける。
(……えっと。)
(カメラを。)
(射抜く??)
その空気を読まず、ワッちゃんもテンションが上がる。
「わかる! あそこ超大事!」
「だよね!」
「身体はこう!」
イッチがその場で実演する。
上半身だけをひねり。
顔はゆっくり流し目。
たったそれだけなのに、空気が一変した。
「これ!」
「これなの!」
「ぎゅんってなるの!」
熱弁するイッチ。
男子三人は完全に置いていかれていた。
(ぎゅんって何……。)
イッチはタブレットを取り出し、ライブ映像を再生する。
「ここ!」
巻き戻す。
「ここ!」
また巻き戻す。
「ほら!」
また再生。
「分かる!? この目線!」
「あ、あぁ……。」
「う、うん……。」
分からない。
でも「分からない」とは言えない。
ガチのドルオタに火が付いた時、反論しても勝てないことは、この二週間で学習済みだった。
イッチは満足そうに頷く。
「じゃあ。」
その一言だけで三人の肩が跳ねた。
「最初から。」
「やっぱりぃぃぃ!!」
男子三人の悲鳴がスタジオ中に響き渡る。
それから十数本。
踊っては止められ。
踊っては直され。
途中で汗だくになり、軍服を脱いでTシャツとジャージへ着替える頃には、体力も集中力も限界だった。
それでも。
「うーん。」
イッチは腕を組んだまま首を傾げる。
「表情が硬いんだよね。」
(これ以上どうしろと……。)
三人の心の声が完全に一致した。
するとワッちゃんがぽつりと言った。
「だったらさ。」
「いっそのこと無表情でよくない?」
「軍服だし、ストイックな方が逆に色気出るかも。」
三人は思った。
(だから。)
(その色気って。)
(何なんだよ!!)
しかしイッチは、はっと顔を上げた。
「あ。」
「それ、ありだ。」
「むしろその方がいいかも。」
救世主が現れた――そう思った次の瞬間。
イッチは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ。」
嫌な予感しかしない。
「もう一回やってみよう!」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
その日。
男子三人は改めて悟った。
ガチのコスプレイヤーとガチのドルオタは、推しを完コピし、最高の姿にするためなら、一切の妥協を許さない生き物なのだと。
あの文化祭当日の、文化祭の域を越えてきたダンスパフォーマンスはこうしてトラウマレベルのリテイクの末に生まれたのだった。
ꉂꉂ(>ᗜ<*)ケラケラケラ




