第28話 戦い済んで日が暮れて ②
放課後。
Fチームの六人は、いつものコバの伯父さんの喫茶店『アルプス』に集まっていた。
文化祭前に作戦会議をした、あの奥のソファ席だ。
窓の外はすっかり夕暮れ。
店内にはコーヒーの香りと、ゆったりしたジャズが流れている。
それぞれ注文したドリンクを前に、ようやく文化祭が終わった実感を噛み締めていた。
「しかしさ」
イシイがアイスコーヒーのストローをくるくる回しながら言った。
「五万ポンと出しちゃうんだから太っ腹だよな」
「だよねぇ」
モリも頷く。
「俺だったらちょっと悩む」
「まぁまぁ」
ワッちゃんがカフェオレを飲みながら肩をすくめた。
「あと五ヶ月はあのクラスで過ごすんだからさ」
一度窓の外を見る。
「五万で妬みから解放されるなら安いもんよ」
あっさりした口調だった。
だが全員、その理屈には納得していた。
文化祭は終わった。
しかし学校生活は続く。
クラスの空気が悪くなれば、それはそれで面倒なのだ。
「まぁ確かに」
タケちゃんが頷く。
「平和が一番だよな」
「でもさ」
イシイが首を傾げる。
「勿体なかった気がしないでもない」
「五万だぞ?」
「高校生にとっては大金じゃん」
その瞬間だった。
「フフフ……」
向かい側に座っていたイッチが、不穏な笑い声を漏らした。
全員がそちらを見る。
イッチは指を組み、悪役みたいな顔をしていた。
「五万なんて、もう回収済みなんだよね〜 ワッちゃん?」
「は?」
男子三人の声が揃う。
「どういう事?」
タケちゃんが聞く。
イッチはニヤリと笑った。
「これ」
スマホをテーブルの中央に置く。
「ほら、最初に準備段階から配信していい?って聞いて了承もらってたでしょ」
一瞬の沈黙。
そして――。
「あっ!」
「アッ!!」
「『ワッちゃんねる!!』」
男子三人が同時に叫んだ。
完全に忘れていた。
「そうそう」
イッチが満足そうに頷く。
「元々ワッちゃんがやってるコスプレ系動画チャンネル」
「『ワッちゃんねる』」
ワッちゃんも苦笑する。
「文化祭準備の最初から撮ってたじゃん」
「地味なクラスメイトを2.5次元アイドルに大改造してみた」
「ってタイトルで出したんだよね」
「マジで出したの!?」
イシイが椅子から浮き上がる。
「待って待って待って!」
「俺ら全国公開されてんの!?」
「顔は出してるけど名前と学校名は伏せてるから安心しなさい」
「安心できるか!」
ツッコミが飛ぶ。
しかし。
ワッちゃんとイッチは顔を見合わせると、同時にニヤリと笑った。
「でね」
「現在の再生数がこちら」
スマホの画面を向ける。
男子三人が覗き込んだ。
そして。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
固まった。
再生数。
コメント数。
登録者増加数。
どれも彼らの想像を遥かに超えていた。
「……え?」
最初に声を出したのはモリだった。
「ちょっと待って」
「俺、数字が理解できてない」
スマホを覗き込んだまま固まっている。
隣ではタケちゃんも同じ顔をしていた。
「二十五万……?」
「再生?」
「万?」
「そう」
イッチがドヤ顔で頷く。
「二十五万回」
「文化祭終わってから一気に伸びた」
「コメント欄もすごいよ」
スクロールして見せる。
『イケメン化のレベル高すぎる』
『普通の男子高校生からここまで変わるの!?』
『衣装制作の技術がガチ』
『文化祭のクオリティじゃない』
『この軍服デザイン天才か?』
『メイク担当誰だよプロだろ』
『続編希望』
『推せる』
『推せる』
『推せる』
「うわぁ……」
イシイが遠い目になった。
「なんか知らないところで俺たちが推されてる……」
「それだけじゃないんだなぁ」
ワッちゃんがニヤリと笑う。
嫌な予感しかしない笑みだった。
「おい」
「その顔やめろ」
イシイが警戒する。
だがワッちゃんは楽しそうにスマホを操作した。
「登録者一万人超えで、しかもコスプレ・コスメ系って広告単価高いのよ」
「へぇ」
男子三人は分かっていない顔で頷く。
「つまり?」
タケちゃんが聞く。
ワッちゃんは人差し指を一本立てた。
「今回の動画」
「広告収益だけで――」
一拍置く。
「約十万円」
沈黙。
三秒。
四秒。
そして。
「はぁ!?」
男子三人の絶叫が喫茶店に響いた。
カウンターの向こうで伯父さんが吹き出す。
「十万!?」
「広告で!?」
「動画一本で!?」
イシイが立ち上がる。
「え、文化祭より儲かってるじゃん!」
「だから言ったじゃん」
イッチが悪い顔で笑う。
「五万なんて回収済みだって」
「いやいやいやいや」
モリが頭を抱える。
「待って」
「俺ら必死に踊ってたら、後から十万生えてくるの意味分かんない」
「現代社会って怖い」
タケちゃんも真顔で頷いた。
「ネットって怖い」
「夢があるって言ってよ」
ワッちゃんが苦笑する。
だがその表情はどこか誇らしげだった。
文化祭が始まる前。
あの六人はただ悔しかった。
見返したかった。
高校二年の文化祭を諦めたくなかった。
それだけだった。
それが今では。
クラスと和解し。
文化祭を成功させ。
売上を残し。
そして動画まで大当たりしている。
「まぁ」
コバがホットココアを飲みながら言った。
「結局、一番儲かったのはお金じゃないと思うけどね」
「?」
全員が見る。
「だってさ」
コバは笑った。
「最初はただの『捨てシフト』だった六人が、今こうして毎日集まってるじゃん」
一瞬だけ静かになる。
確かにそうだった。
文化祭前なら。
この六人が放課後に一緒に喫茶店へ来ることなどなかっただろう。
「……それは」
イシイが少し照れ臭そうに笑う。
「まぁ、そうかもな」
「だな」
「うん」
タケちゃんとモリも頷く。
ワッちゃんは何も言わずストローをくるくる回した。
「収益化するのは12月だから、そしたらパーッと打ち上げ兼クリパでもやろう!」
ワッちゃんが満面の笑みでそう宣言した。
その瞬間。
隣でハンバーグをモグモグしていたコバの手が止まる。
「……ちょっと待って」
「ん?」
「ワッちゃん、あんた今回のバズで『ワッちゃんねる』の収入かなり増えてるよね?」
「まあね」
「クリパまでに入る分も合わせたら、今年、親の扶養超えない?」
その場の空気が一瞬止まった。
「扶養?」
「税金?」
「なんか大人の話始まった」
男子三人が首を傾げる。
しかしワッちゃんは余裕だった。
むしろ待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「ノンノン、コバ」
人差し指を立てる。
「レイヤーを舐めないでよね」
そう言ってリュックから取り出したのは、一冊のクリアファイルだった。
中には何枚もの書類が挟まっている。
「え?」
「なにそれ」
イシイたちが覗き込む。
ワッちゃんは得意げに書類をテーブルに並べた。
「業務委託契約書」
「出演・技術提供契約」
「経費精算書」
「前に有償コスプレ案件が増えた時ね、先輩レイヤーに税金だけはちゃんと勉強しろって叩き込まれたの」
男子三人は完全に置いていかれていた。
「つまり?」
モリが代表して聞く。
「つまり」
ワッちゃんは笑う。
「今回の広告収入十万円」
「これを私ひとりの収入にしない」
そして一人ずつ指差した。
「イシイ」
「はい」
「出演料一万五千円」
「え?」
「タケちゃん」
「はい」
「出演料一万五千円」
「え?」
「モリちゃん」
「はい」
「出演料一万五千円」
「え?」
「イッチ」
「はいはい」
「衣装デザイン料一万五千円」
「妥当」
「コバ」
「ん」
「フード監修兼経費清算代一万五千円」
「なるほど」
コバはすでに理解していた。
ワッちゃんは最後に胸を張る。
「残りは制作経費」
「衣装材料費」
「撮影機材維持費」
「その他消耗品費」
「以上!」
コバは書類を受け取り、しばらく真剣な顔で確認した。
電卓を叩く。
もう一度書類を見る。
そして。
「……完璧」
そう呟いた。
「ワッちゃんの利益はほぼゼロ」
「扶養も超えない」
「書類もちゃんとしてる」
「税務署的にも問題なし」
ワッちゃんがドヤ顔になる。
「でしょ?」
男子三人は顔を見合わせた。
「なんか」
タケちゃんが言う。
「ヲタクってすげぇな」
「ほんとにな」
イシイも頷く。
「文化祭だけじゃなくて税金まで攻略してる」
「生きる知恵だよ」
ワッちゃんは胸を張った。
店内に笑いが広がる。
文化祭の時の緊張感も。
あの日の悔しさも。
全部、もう昔話になり始めていた。
窓の外では夕日が沈み始めている。
オレンジ色の光がテーブルを照らした。
「で」
ワッちゃんが言う。
「12月になったら一万五千円振り込まれるから」
男子三人を見る。
「クリスマスパーティーやろうよ」
一瞬だけ静かになる。
そして。
「……うん」
モリが笑った。
「やろう」
「絶対やろう」
タケちゃんも頷く。
「今度は筋肉痛にならないやつで」
「賛成」
イシイが笑う。
イッチも。
コバも。
ワッちゃんも笑った。
文化祭は終わった。
けれど。
あの日から始まった六人の関係は終わらない。
高校二年生の秋。
たった二千円の予算から始まった物語。
悔しさから始まった挑戦。
そして――最高の仲間との出会い。
窓の外で、夕陽が静かに沈んでいく。
六人の笑い声だけが、いつまでも『アルプス』の店内に響いていた。
~完~
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