第27話 戦い済んで日が暮れて①
文化祭が終わった翌日――11月1日。
日曜日。
世界は平和だった。
だが2年D組のFチームにだけは、別の意味で終わっていた。
踊って踊って踊りまくった結果、身体中の筋肉が負荷に耐え切れず筋肉痛となって現れた。
ベットから1歩も動けずに呻いていた。
さすがにトイレだけは己の尊厳をかけて這いずって行ったが・・・
繋いだグループLINEの通話もやっとだ。
「……動けない……」
イッチは布団の中で天井を見つめたまま呟いた。
「腕が……上がらない……」
「同じく……」
ワッちゃんも枕に顔を埋めたまま微動だにしない。
全身が、完全に別の生き物になっている。
筋肉という筋肉が、昨日の記憶を拒否しているようだった。
タケちゃんはというと、ベッドから起き上がろうとして――失敗していた。
「……これ、人体ってこんなに動かないもんだっけ?」
モリがぼそっと言う。
「たぶん昨日の俺たち、別の生命体だった。」
コバは唯一、スマホを握っていたが、それすら重そうだった。
「動画……まだ再生回数増えてる……」
目だけが現実を追っている。
翌日。
月曜日。
登校した6人は――揃いも揃って、カクカクしていた。
階段を上る動作ひとつがぎこちない。
廊下を歩く姿は、どこか機械仕掛けの人形のようだった。
「……おはよう。」
「お、おはよ……」
クラスメイトから向けられるのは、圧倒的な“哀れみ”の視線だった。
「筋肉痛やばそう……」
「一昨日のあれでしょ?」
「そりゃそうなるわ……」
誰も深入りはしない。
ただ、そっと見守るだけだった。
2年D組の教室には、朝からひっきりなしに他のクラスや他学年の生徒が訪れていた。
「文化祭のイケメンどこ!?」
「Fチームの人ってどの人!?」
「動画の人会いたいんだけど!」
しかし――。
誰も目的の人物にたどり着けない。
なぜなら、教室にいるのは“いつもの6人”だからだ。
一昨日のステージの姿とは、あまりにも違いすぎた。
SNSで拡散された映像の中の彼らは、もはや別人に近い完成度だった。
軍服に圧倒的なパフォーマンス。
それを見て「この学校の誰かだ」とは分かっても、「あの6人だ」とは誰も結びつけられなかった。
「いや、絶対違うでしょ……」
「こんな普通の人たちじゃないよ」
そんな声が、廊下で交わされては消えていく。
クラスメイトたちも、その件については何も言わなかった。
まるで――見なかったことにするかのように。
教室だけが、いつも通りのふりをして静かに時間を流していた。
帰りのホームルーム。
「みんな、ちょっといいかな」
コバが立ち上がった。
教室の視線が集まる。
陽キャグループも、中間グループも、Fチームの面々も自然と顔を上げた。
コバは手に持っていた封筒を軽く持ち上げる。
「文化祭の物販の件なんだけど」
一瞬、教室が静かになる。
「最初の予算で、入り口のバルーンとか舞台設営をしてくれたので、私たちFチームもそれを使わせてもらえたし、そのおかげもあって人が来てくれたんだと思う」
そう言って、封筒を取り出し教壇の上に置いた。
「だから、Fチームは今回の売上から五万円をクラスのレジに戻します」
「え?」
思わず誰かが声を漏らした。
五万円。
高校生にとっては決して小さくない金額だ。そもそも最初の予算3万円より多い。
教室がざわつく。
だがコバは構わず続けた。
「これで、文化祭前に集めた追加集金の五百円は全員に返せるよね?」
36人学級。
追加集金は一人五百円。
合計一万八千円。
十分すぎる額だった。
「残った分は後日の打ち上げに使ってよ」
あっさりと言う。
「三万五千円くらい残るでしょ? 私たちは追加集金のお金はいいからね」
まるでスーパーで買い物をした後の話でもするような口調だった。
だが教室は静まり返っていた。
「……マジで?」
中間グループの男子が思わず呟く。
「いや、待って」
「五万円って?」
「そんなに売れたの?」
当然の疑問だった。
しかし。
「企業秘密です」
コバは即答した。
にっこり笑う。
「えー!」
「教えろよ!」
「絶対めっちゃ儲かったじゃん!」
あちこちから声が飛ぶ。
だがコバは首を振った。
「ダメです」
「会計担当として守秘義務があります」
「そんなの初めて聞いたぞ!」
「今できた!」
教室から笑いが起こる。
文化祭後、初めてと言っていいくらい自然な笑いだった。
クラス会計担当が封筒の中身を確認する。
本当に五万円入っていた。
現金で。
しかもきちんと数えられ、封筒には金額まで書かれている。
「……受け取っていいの?」
委員長が恐る恐る聞く。
コバは頷いた。
「もちろん」
「みんなで使って」
その言葉に、再び教室が静かになる。
最初に口を開いたのは、意外にも陽キャ女子のリーダーだった。
「……ありがと」
小さな声だった。
けれど、ちゃんと聞こえた。
続いて陽キャ男子も頭を掻く。
「なんか、ほんとごめん」
「だから謝りすぎだって」
モリが苦笑する。
「そうそう」
タケちゃんも笑った。
「もう終わったことだし」
イシイも頷く。
「文化祭、楽しかったしな」
その言葉に、教室の空気がふっと軽くなる。
文化祭の最初の日。
あれだけ遠かった距離が。
今は少しだけ近くなっていた。
窓の外では秋の陽射しが差し込み、校庭の木々が風に揺れている。
高校二年生の文化祭。
一番楽しいと言われる行事は終わった。
だけど。
きっとこの教室の誰もが。
何年経っても忘れないだろう。
たった二千円の予算から始まった、あの二日間のことを。




