第25話 文化祭2日目 ⑦
カーテンの隙間から、ステージの光がわずかに漏れていた。
その向こうで鳴り響く歓声と、重なり合うステップの音。
男子三人は、舞台後ろに作られた控えスペースで休憩をとっていた。
紙皿の上には、ココア・抹茶・いちごの三色ハートクッキー。
それをモグモグと口に運びながら、ペットボトルのポカリを一口。
「……なぁ。」
石井がぽつりと呟いた。
「俺たちの100倍うまくないか?」
その目は完全に舞台の方へ固定されたまま動かない。
タケちゃんが苦笑いを浮かべる。
「……うん。」
一拍置いて、少しだけ視線を落とす。
「ヲタクって、敵に回しちゃダメなんだね……」
モリがクッキーを咀嚼しながら、小さくうなずいた。
「というかさ。」
「敵とか味方とか以前に……」
ステージから聞こえてくる歓声が一段大きくなる。
ドンッ、と床を蹴る重いステップ。
そのたびに、空気が震えているのが分かる。
「レベルが違う。」
タケちゃんが真顔で言った。
カーテンの隙間から見えるのは、ネオンに照らされた完璧なシンクロダンス。
さっきまで自分たちが立っていたはずの場所が、別物の舞台に見える。
モリがぼそっと付け足す。
「でもさ。」
「あれ、Fチームだよな?」
三人は一瞬だけ顔を見合わせる。
そして同時に、小さく笑った。
「……なんか、すごいことになってるな。」
その言葉には、悔しさよりも先に、妙な納得が混じっていた。
カーテンの隙間から覗くステージは、もう“文化祭”という言葉では収まりきらない領域に入っていた。
鋭い重低音のビート。
ミリ秒単位で揃うステップ。
翻る黒と金の軍服が、ネオンライトを切り裂くように舞う。
ワッちゃんとイッチ。
そこにいる二人は、もう普段のゆるいオタク女子の気配を一切残していなかった。
髪をかき上げる角度。
重心の移動。
視線の固定の仕方。
そして観客の心臓だけを正確に撃ち抜く“無”の表情。
すべてが、何年も積み上げられた経験値そのものだった。
画面越しに推しを見続け、イベント現場で踊り込み、コスプレでステージに立ち続けてきた“年季”。
それがそのまま形になっていた。
「キャーーー!!」
「滅!! 好きすぎて滅!!!」
教室が揺れる。
悲鳴というより、ほぼ爆発だった。
防音性の低い教室の壁が、本気で悲鳴に押されて震えている。
その光景を、カーテンの隙間から見ていた三人は――言葉を失っていた。
「……俺たちさ。」
石井がぽつりと呟く。
胸元の金ボタンに指を触れる。
それは彼女たちが徹夜で縫い付けてくれた、100円ショップのパーツだった。
「今まであいつらに、何させられてたんだろ。」
冗談のようで、冗談じゃない声。
タケちゃんは苦笑いを浮かべながらも視線を外さない。
「いや、させられてたっていうか……」
「一緒に作ってた、じゃない?」
モリが残りのクッキーを口に放り込む。
少し間を置いてから、ぼそっと言った。
「でもさ。」
「普通に……次元違うよね。」
三人とも、もう一度ステージを見る。
そこでは、ワッちゃんとイッチが観客の悲鳴を完全に支配していた。
動きが止まるたびに、空気が爆発する。
視線が交わるたびに、悲鳴が上がる。
まるで“人間を壊すために設計されたパフォーマンス”。
イシイは小さく息を吐いた。
そして、ふっと笑う。
「まぁでもさ。」
抹茶クッキーの最後の欠片を噛み砕く。
「あの二人があそこまで本気で繋いでくれてんだ。」
視線はもう迷っていない。
「俺ら、この後のラスト枠――へばってる場合じゃねえだろ。」
タケちゃんがすぐに続く。
「……うん。」
ポカリを一気に飲み干す。
「120%でいこう。」
モリも頷いた。
軍服の裾を軽く叩く。
「じゃあさ。」
「こっちもさらに“気合い”、入れるしかないね。」
三人の目に、さっきまでの疲れはもうなかった。
代わりにあったのは、妙な高揚と、負けたままで終われないという静かな熱だった。
カーテンの向こうでは、まだ歓声が鳴り止まない。
その熱を背中で受けながら、三人は静かに次の出番を待った。




