第22話 文化祭2日目 ④
第2被服室のドアが閉まると同時に、六人は一斉に息を吐いた。
「はぁ……。」
さっきまで張りつめていた空気が、一気にほどける。
「とりあえず、支度しよう。」
ワッちゃんの一言で、全員が昨日と同じように動き始める。
メイク道具を並べる者。
衣装をハンガーに吊るす者。
机を寄せて即席のメイクスペースを作る者。
誰も指示を待たない。
この一か月で自然と身についた役割分担だった。
そんな中、イッチがふとコバへ顔を向ける。
「そういえばさ。」
「うん?」
「なんで四人、一緒に来たの?」
コバは「ああ」と思い出したように笑う。
「タケちゃんたちね。」
「今日の朝五時にお店へ来てくれたの。」
「え?」
イッチが目を丸くする。
「昨日、クッキー足りなくなったでしょ?」
「だからラベル貼り、朝から手伝ってもらってた。」
タケちゃんが照れくさそうに頭をかく。
「どうせ早起きするならって。」
「少しでも早く終わらせたくてさ。」
モリも笑う。
「四人でやったら思ったより早かったよね。」
イシイは黙ってうなずくだけだった。
イッチは頬を膨らませる。
「言ってよ~。」
少し拗ねたように笑う。
「そっちの方が水臭いじゃん。」
部屋の空気が少しだけ和らいだ、その時だった。
プルルルル……
ワッちゃんのスマホが鳴る。
画面には、
『委員長』
の文字。
ワッちゃんはすぐに通話へ出た。
「もしもし?」
『助けて~!』
開口一番、委員長の悲鳴が飛び込んでくる。
『Fチーム何時からなんですかって、ずっと聞かれてるの!』
教室の向こうが相当混乱しているのが声だけで分かった。
ワッちゃんは時計を見る。
「そんなこと言われても……。」
メイクはまだ始まったばかり。
衣装もこれからだ。
「あと四十分はかかるよ。」
『お願い!』
委員長の声がさらに切羽詰まる。
『とにかく早くお願い!』
ワッちゃんは困ったように眉を寄せた。
「でも、シフトは?」
「私たちだって、ずっと出ずっぱりは無理よ。」
電話の向こうで、一瞬だけ言葉が詰まる。
そして――。
『そんなこと言わないで。』
『私たちも協力するから。』
その一言だけ残して、通話は切れた。
ツー、ツー、ツー……
静かな電子音が、第2被服室に小さく響いた。
第2被服室に、しばらく沈黙が流れた。
「……どうする?」
イッチが小さくつぶやく。
「どうするもなぁ。」
ワッちゃんは苦笑いを浮かべた。
委員長の切羽詰まった声が、まだ耳に残っている。
「……やるしかないよ。」
ぽつりと口を開いたのはタケちゃんだった。
イシイも肩をすくめる。
「もう逃げられないだろ。」
モリも苦笑しながらうなずく。
「ここまで来たら、やるしかないよね。」
三人とも顔は引きつっていた。
昨日、たった三回の公演で笑顔の筋肉が悲鳴を上げたことを、身をもって知っている。
それでも誰一人、「嫌だ」とは言わなかった。
「ありがとう。」
ワッちゃんが短く礼を言う。
するとコバが、大きな紙袋を抱えながら立ち上がった。
「じゃあ、私、クッキー持って先に行くね。」
「教室の段取りもしておく。」
「整理券、まだ残ってたよね?」
「うん、昨日の残りがある。」
「じゃ、それ使えるよう準備しとく!」
そう言うと、コバは紙袋を抱えたまま、第2被服室を飛び出していった。
「急ぐよ!」
ワッちゃんがメイク道具を広げる。
「タケちゃん、こっち!」
「モリ、次!」
「イシイ、その間に髪整えて!」
昨日よりさらに手際がいい。
無駄な動きは一つもない。
三人の顔が次々と"ステージの顔"へ変わっていく。
メイクが終われば、すぐ衣装。
軍服風のジャケット。
飾緒。
徽章。
軍帽。
すべてが流れるような手順で仕上がっていく。
三人が着替えている間、ワッちゃんがぽつりと言った。
「……三人だけで回すの、きついよね。」
イッチもうなずく。
「だよね。」
「昨日、三回でヘロヘロだったもん。」
二人は顔を見合わせる。
ほんの数秒。
何かを考えるように沈黙したあと――。
「……奥の手、出す?」
ワッちゃんが小さく笑った。
イッチの口元もゆっくり上がる。
「もちろん。」
にやり、と笑う。
「こんなこともあろうかと、予習も復習もバッチリだよ。」
その時だった。
「着替え終わったよ!」
更衣スペースからタケちゃんの声が飛んでくる。
二人は同時に振り返った。
「よしっ!」
ワッちゃんが親指を立てる。
「バッチリ決まってる!」
「自信持って行こう!」
イッチも笑顔で続ける。
「今日は私たち、先導できないけど……。」
「三人だけで教室まで行けるよね?」
「……え?」
三人の表情が一斉に固まる。
「俺たちだけ?」
「マジ?」
「ちょっと待って!」
三人とも見るからに動揺していた。
そんな様子に、ワッちゃんは笑いながら軍帽を深くかぶせる。
「大丈夫。」
「軍帽を深くかぶって。」
襟元を整える。
「胸張って。」
肩を軽く叩く。
「前だけ向いて歩けば大丈夫。」
イッチも背中をぽんと押した。
「行ってらっしゃい!」
三人は顔を見合わせる。
そして、小さくうなずいた。
「……わかった。」
タケちゃんが息を吸う。
「頑張るよ。」
さっきまでの不安そうな表情は少しずつ消え、代わりに覚悟を決めた顔つきへ変わっていく。
三人は第2被服室をあとにした。
その背中が廊下の向こうへ消えていくのを見送ると――。
ワッちゃんとイッチは顔を見合わせる。
「じゃあ。」
ワッちゃんが小さく笑った。
「速攻で支度しよう!」
「うん!」
二人は同時に頷くと、慣れた手つきで何かの準備を始めた。




