第21話 文化祭2日目 ③
教室はしんと静まり返っていた。
営業許可証のコピー。
食品表示ラベル。
先生への事前説明。
どれも事実として示され、反論の余地はほとんどない。
そんな空気を振り払うように、陽キャグループの男子が一歩踏み出した。
「……ズルくね?」
吐き捨てるような声だった。
「そういうツテがあるなら、最初から言うべきだろ!」
勢いよく詰め寄る。
その瞬間。
スッ、と一人が前へ出た。
イシイだった。
陽キャ男子との間に静かに立ち、進路を塞ぐ。
怒鳴るわけでもない。
肩を突き飛ばすわけでもない。
ただ、まっすぐ相手を見据える。
「……何だよ。」
陽キャ男子が睨み返す。
イシイは小さく息を吐いた。
「『お前らじゃ客来ないからさ。』」
教室の空気が止まる。
「『休憩時間用の捨てシフトでいいんじゃね?(笑)』」
昨日まで聞き慣れていたはずの言葉。
それを、そのまま返す。
「『それなら売り上げ落ちても仕方ないし。』」
陽キャグループの表情が少しずつ強張っていく。
「『むしろ裏方だけやっててくれよ。』」
教室中が静まり返る。
イシイは目を逸らさなかった。
「……そう言ったのは、お前らだろ。」
一歩も引かない。
「最初から俺たちを弾いたのも、お前らだろうが。」
静かな一言だった。
だが、その言葉の重さは、さっきまでの教室中のざわめきを一瞬で押し潰すには十分だった。
イシイの言葉は、淡々としていた。
怒鳴っているわけでもない。
感情をぶつけているわけでもない。
それでも、教室の空気はじわじわと重く沈んでいく。
「高校2年の文化祭ってさ」
一度、言葉を区切る。
「一番楽しめるはずだったんだよな」
視線はまっすぐ陽キャグループを捉えたままだ。
「それをさ、『お前らじゃ客来ないから』って切られた俺たちの気持ちって、考えたことあった?」
返事はない。
誰も、すぐには言葉を出せない。
「それで俺らがいじけて、準備バックれたことあった?」
小さく首を振る。
自分自身に確認するように。
「なかったよな」
そこでようやく、少しだけ声の温度が変わる。
「渡辺さんも、小林さんも、伊藤さんも」
一人ずつ名前を挙げる。
「もちろん俺たちも、悔しかったよ」
その言葉に、ワッちゃんがわずかに目を伏せる。
「でもさ」
イシイは続けた。
「何もしないで、あとからまた馬鹿にされるのも嫌だった」
教室の空気が静かに揺れる。
「だからこの一ヶ月」
言葉を一度、落とすように間を置く。
「俺らなりに、ちゃんとやってきたんだよ」
その瞬間だけは、誰の声も重ならなかった。
ただ、事実としてそこに置かれた言葉だけが、教室の真ん中に残っていた。
タケちゃんが一歩前に出た。
「俺たちにできることでさ」
声は少し震えていたが、逃げてはいなかった。
「6人で一生懸命やってきたことまで、どうしてそういう言い方になるんだよ」
陽キャグループの誰も、すぐには言い返せない。
続けてモリが小さく口を開く。
「別に認めてくれとか言わないけどさ」
視線を落とさず、まっすぐ前を見る。
「そうやって、貶めるのはやめてほしい」
その一言で、教室の空気が完全に止まった。
誰かが咳をする音すら、やけに大きく響く。
沈黙。
重く、長い沈黙。
その中で――。
「ねぇ。」
中間グループの生徒が、恐る恐る廊下へ顔を出した。
「なんか、教室の外めっちゃ並んでるんだけど……」
一拍。
全員の視線がそちらへ向く。
窓の外。
廊下の奥まで続く、人の列。
「……え?」
「なにこれ」
「もう来てるの?」
ざわっ、と一気に空気が動く。
「やばくない?」
「今日のシフトどうすんの?」
「ていうか、これ捌けるの?」
「早く決めないと間に合わないよ」
さっきまでの重い空気が、現実の圧に押し流されていく。
誰もが視線を教室の外と中で行き来させる。
そしてその混乱の中で、Fチームの6人は静かに動いた。
ワッちゃんが一歩下がる。
「私たち、準備があるから。」
イッチが続く。
「シフト決まったら連絡して。」
短く、それだけを言って。
Fチームは教室を出た。
残された教室に、人のざわめきと、廊下の行列だけが現実として押し寄せていた。




