第20話 文化祭2日目 ②
陽キャグループの一人が、今度は少し口角を上げて笑った。
「それとさ、その売り上げ。」
教室の空気がぴんと張る。
「これ、D組の文化祭の売り上げだよね。」
わざとらしく肩をすくめる。
「元はと言えば、うちらがクラス費から予算出して、入り口のネオン看板とかバルーンとか買ったから客が来たわけじゃん。」
周囲の数人もうなずく。
「お前ら、その看板の居抜きで乗っ取って稼いだんだから、その売り上げはクラス全員で共有するのが筋っしょ。」
言葉は笑っている。
だが、その視線は完全にFチームの売り上げを値踏みしていた。
「うちらのポップコーンの資材代、ちょっと足りなくなってるからさ。」
一人が軽い調子で続ける。
「それ、一旦クラスの共通財布に戻してよ。」
「クラスの『打ち上げの焼肉代』にも回せるしさ(笑)。」
教室のあちこちで、乾いた笑いが漏れる。
しかし、ワッちゃんの表情は変わらなかった。
静かに一歩前へ出る。
「ねぇ。」
落ち着いた声だった。
「今、自分で言ったこと、ちゃんと整理できてる?」
「は?」
ワッちゃんは淡々と続ける。
「『クラス費から予算を出して、入り口のネオン看板とかバルーンを買った』。」
「だから『その看板の居抜きで乗っ取って稼いだ』って言うんだよ。」
陽キャ男子が言い返す。
ワッちゃんは首をかしげた。
「その理屈、おかしくない?」
一瞬、教室が静まる。
「Fチームも二年D組の一員だよ。」
「同じクラスなのに、なんで『乗っ取った』っていう表現になるの?」
誰も口を挟めない。
ワッちゃんはさらに続ける。
「もし本当に、『Fチームは別扱い』っていう理屈なら――」
一呼吸置く。
「売り上げだけ『クラス全体のもの』って言うのも、おかしいよね。」
「……。」
「都合のいい時だけ『同じクラス』で、都合が悪くなると『お前らは別』。」
ワッちゃんは相手の目をまっすぐ見た。
「その理屈じゃ、筋が通らないと思うけど。」
教室は、水を打ったように静まり返った。
陽キャ女子のひとりが、ふと思い出したように口を開いた。
「それよりさ。」
教卓へ近づき、爪先でトントンと床を鳴らす。
「手作りクッキーとか、あれ本当にいいの?」
ワッちゃんとイッチを見下ろすように首を傾けた。
「既製品を売るように言われてなかったっけ?」
口調だけは穏やかだった。
一見すれば、確認しているだけにも聞こえる。
だが、その目には別の色が宿っていた。
――違反を見つけた。
そんな優越感が隠しきれていない。
「公立だし、保健所とか食品関係って結構うるさいって、最初のLHRで先生が言ってたよね?」
周囲にも聞こえるよう、わざと少し声を大きくする。
「だから、うちらはちゃんとルール守って既製品のポップコーンを用意したわけ。」
一拍置いて、口元をわずかに吊り上げた。
「それなのに、お前らが勝手に手作りしたクッキーなんか売ってさ。」
"なんか"を強調する。
「もし食中毒でも出たら、二年D組全体の責任になるんだけど。」
視線が教室中へ向けられる。
「そこまで考えてやってる?」
その一言に、周囲の空気が揺れた。
「……あ。」
「そういえば。」
「手作りって大丈夫なの?」
「学校ってそういうの厳しくない?」
中間層の生徒たちも顔を見合わせ、小さなざわめきが広がっていく。
教室のあちこちから、不安そうな声が漏れ始めた。
その反応を見て、陽キャグループは互いに目を合わせる。
口元には、隠しきれない勝ち誇った笑みが浮かんでいた。
「はい、はい!」
教室の外から、ひときわ明るい声が響いた。
「その質問には、私が答えるよ!」
ガラッ!
勢いよく教室のドアが開く。
そこに立っていたのは、紙袋を抱えたコバ。
その後ろにはタケちゃん、イシイ、モリの男子三人が並んでいた。
Fチーム、全員集合だった。
突然の登場に教室中の視線が一斉に集まる。
「え?」
「来ちゃった……。」
イッチは思わず目を丸くした。
「来なくて大丈夫ってLINEしたのに。」
苦笑しながらスマホを軽く持ち上げる。
するとモリが肩をすくめて笑った。
「水臭いよ。」
一歩前へ出る。
「ワッちゃん一人の問題じゃないでしょ。」
穏やかな口調だったが、その声には迷いがなかった。
「これはFチーム全員の問題なんだから。」
「そうそう!」
コバも元気よく手を挙げる。
目の下にはうっすらと隈ができている。
ほぼ徹夜でクッキーを焼いてきたせいか、妙にテンションだけが高い。
「物販担当は私なんだから!」
胸を張って言い切る。
「食品関係のことなら、私がちゃんと説明する!」
紙袋を机の上へ置き、教室をぐるりと見回した。
「じゃあ――」
にっ、と笑う。
「説明していくね!」
コバは教卓の前まで歩くと、紙袋から数枚のクリアファイルを取り出した。
「じゃあ、説明するね。」
さっきまでの明るい調子とは打って変わって、その口調は落ち着いていた。
「みんな、学校が手作りクッキーを簡単に売らせない理由って知ってる?」
教室を見回す。
「食品の物販って、めちゃくちゃ法律が厳しいんだよ。」
誰も口を挟まない。
「食品衛生法では、保健所の許可がない場所で作った食品を、不特定多数に販売しちゃダメって決まってるの。」
「だから、もし教室や自宅のキッチンで焼いたクッキーを文化祭で売ったら、その時点でアウト。もし食中毒なんて起きたら、学校の責任問題にもなっちゃう。」
陽キャグループも黙って聞いている。
コバはクリアファイルの一枚を掲げた。
「でも、私たちFチームがやった方法は違う。」
「クッキーは、保健所から『菓子製造業』の営業許可を受けている厨房で作ったの。」
「ここは私の親戚が経営しているお店で、私のバイト先でもあります。」
そう言って、営業許可証のコピーを全員に見えるよう掲げる。
「クッキー生地を仕込んで、オーブンで焼くまでの、食品に直接触れる一番大事な工程は、普段からそのお店で働いていて、定期的な検便も受けている私が担当した。」
続いて別の資料を取り出す。
「ほかのみんなに手伝ってもらったのは、焼き上がって完全に個包装された後。」
「食品表示ラベルを貼って、飾りのりぼんシール貼るだけ。」
「一切直接クッキーには触ってない。」
教室の中が静まり返る。
「本当なら、この作業だけなら臨時の検便や衛生講習は必要ないの。」
「でも、『あとから何か言われたくない』って思ったから、Fチーム全員でちゃんと検便も受けたし、必要な衛生管理も確認した。」
机の上へコピーを並べる。
「これが、その控え。」
「裏面に貼った食品表示ラベルには、製造者としてお店の名前、原材料、アレルゲン表示も全部載せてある。」
実際のラベル見本を掲げる。
「つまり、私たちが販売したのは『教室で作った手作りお菓子』じゃない。」
「営業許可を受けた施設で製造された商品を仕入れて販売しただけ。」
「先生方には事前に営業許可証のコピーと、食品表示ラベルの見本を見せて説明してあります。」
「その上で、販売の許可をいただいています。」
コバは資料を机に置き、教室全体を見回した。
そして、にっこり笑った。
「――どう?」
「まだ何か問題ある?」




