第14話 文化祭一日目 ③12:00第2被服室
第二被服室。
時計の針が正午を指した。
「さぁ!」
ワッちゃんがパンと手を叩く。
「支度するよ!」
テーブルいっぱいにメイク道具を広げる。
ブラシ、スポンジ、アイシャドウパレット、ファンデーション、ヘアアイロン……。
まるでプロのメイクルームだった。
「イッチ、髪お願いね。」
「任された!」
二人は顔を見合わせると、小さく笑った。
「じゃあ、一人目。」
ワッちゃんは椅子を軽く叩く。
「タケちゃん、座って。」
「よ、よろしくお願いします……。」
タケちゃんは緊張した面持ちで椅子に腰掛ける。
文化祭前に言われたとおり、洗顔を済ませ、化粧水と乳液で肌を整えてきていた。
「よし、始めるね。」
まずはベースメイク。
ワッちゃんはオレンジ系のコンシーラーを手に取る。
「男の人って、ヒゲがなくてもこの辺が青っぽく見えやすいんだよ。」
口元やあご周りへ薄くなじませる。
続いて三種類のファンデーションを使い分けながら、少しずつ顔に立体感を作っていく。
「ここは影。」
頬骨の下。
小鼻の脇。
額の生え際。
フェイスライン。
ブラシが滑るたびに、タケちゃんの輪郭が引き締まっていく。
「眉と目の間も少しだけ。」
鼻筋から眉へ自然な陰影を加える。
「顔の真ん中が間延びして見えないように、ここはハイライト。」
光と影を丁寧にぼかしていく。
「……すご。」
モリが思わずつぶやいた。
「彫りが深く見える。」
「これがシェーディング。」
ワッちゃんは手を止めずに答える。
「舞台メイクの基本だよ。」
ベースが完成すると、次は目元。
アイプチで自然な切れ長の二重を作り、整えておいた眉をきりっと描き直す。
ブラウン系のアイシャドウで奥行きを出し、上まぶたには黒のアイライナーを細く流す。
下まぶたにはブラウンからダークブラウンのシャドウを重ね、最後に黒で目元を引き締める。
マスカラはカールさせず、長さだけを強調。
最後にベージュ系のリップで輪郭を整え、その上から淡いピンクを重ねて自然な血色感を加える。
「よし。」
ワッちゃんが一歩下がった。
「メイク終了。」
鏡をのぞき込んだタケちゃんは思わず息をのむ。
「……誰?」
鏡の中にいたのは、いつもの自分でありながら、どこか別人のような青年だった。
その様子を横で見ていたイシイが目を丸くする。
「顔が……全然違う。」
「まだ終わりじゃないよ。」
ワッちゃんが笑う。
「イッチ!」
「はーい!」
イッチはストレートアイロンの電源を入れ、タケちゃんの髪へ丁寧に熱を通していく。
うねりを整え、一本一本に艶を与える。
前髪と毛先には少しだけ動きを付け、全体のバランスを整える。
最後にウェーブ用の柔らかいワックスを手のひらへ伸ばし、空気を含ませるように軽くセットした。
ワッちゃんが前から、イッチが横から確認する。
二人は同時にうなずいた。
「――タケちゃん、完成!」
ワッちゃんは満足そうにうなずき、鏡越しにタケちゃんを見つめた。
「うん、いい感じ!」
イッチもぐるりと一周して全体のバランスを確認する。
「前髪も決まってるね。」
ワッちゃんはにやりと笑った。
「せっかくだからね。」
一歩下がって胸を張る。
「M!○Kの○太君っぽい雰囲気に寄せてみました!」
タケちゃんは驚いた表情で鏡を見つめる。
「えっ、本当に?」
「もちろん本人そっくりってわけじゃないよ。」
ワッちゃんは笑いながら首を振る。
「切れ長の目元と、さらっと流れる前髪。それに爽やかな雰囲気をイメージしてメイクしたの。」
イッチもうなずく。
「元の素材が良かったから、結構いい線いってると思う。」
「素材って……。」
タケちゃんは照れくさそうに頭をかいた。
その様子を見ていたモリが思わず吹き出す。
「お前、普通にイケメンじゃん。」
「これ、教室で誰だか分からない人いるんじゃない?」
イシイも感心したように鏡をのぞき込む。
ワッちゃんは親指を立てて笑った。
「よし! 一人目、大成功! 次はモリ、こっち座って!」
ワッちゃんに呼ばれ、イッチに髪を整えてもらっていたモリが鏡の前へ移動する。
「よろしくお願いします……。」
少し緊張した様子で椅子に腰掛けた。
「イシイは、そのままイッチに髪の下準備してもらってて。」
「了解!」
イッチはイシイの前髪を濡らしながら、ドライヤーで毛流れを整え始める。
一方、ワッちゃんはモリの顔をじっと見つめた。
「モリはね、タケちゃんとは方向性を変える。」
「方向性?」
「うん。」
ワッちゃんはメイクブラシを手に取る。
「コンセプトは、元気いっぱいの弟系キャラ。」
まずはベースメイク。
肌を均一に整えながらも、タケちゃんほど陰影は強く入れない。
頬や額には自然な立体感だけを残し、顎のラインだけはすっきり見えるようにシェーディングを入れる。
「シュッとさせすぎると、大人っぽく見えちゃうからね。」
続いて目元。
アイプチでしっかりとした二重を作り、黒目が大きく見えるようにアイメイクを施していく。
目尻は少しだけ下げ気味に描き、柔らかく親しみやすい印象を演出する。
「ここがポイント。」
ワッちゃんは目元を確認しながら微調整を重ねる。
「ちょっとだけタレ目にすると、かわいらしさが出るんだ。」
眉も少し丸みを意識して整え、最後にリップ。
輪郭を少しふっくら見せるように描き、ピンク系のカラーで自然な血色感を加えていく。
数十分後。
ワッちゃんはブラシを置き、満足そうに笑った。
「よし。」
一歩下がってモリを見つめる。
「イメージは、M○LKの太○君ね。」
鏡を見たモリは思わず目を見開く。
「えっ……これ、本当に俺?」
そこに映っていたのは、いつもの幼く見えるモリではない。
親しみやすさはそのままに、ステージで自然と目を引く、明るく愛嬌のある雰囲気の少年だった。
「最後はイシイね。」
ワッちゃんが椅子をぽんと叩く。
「はい。」
イシイは少し照れくさそうに鏡の前へ座った。
イッチもヘアスタイルの下準備を終え、ワッちゃんへバトンタッチする。
ワッちゃんはイシイの顔を正面からじっくり見つめた。
「やっぱり。」
小さくうなずく。
「イシイはセンター担当だから、華やかさが欲しい。」
「センター?」
イシイが驚く。
「うん。」
ワッちゃんは即答した。
「三人の中で一番ステージ映えする顔立ちなんだもん。」
イシイは苦笑いを浮かべる。
「そうかな……。」
「そうだよ。」
ワッちゃんは迷いなく言った。
「実はね、三人の中で一番目鼻立ちがはっきりしてる。」
「彫りも深いし、パーツも大きい。」
「逆に言えば、少し濃い顔。」
タケちゃんとモリも並んでうなずく。
「確かに。」
「言われてみればそうかも。」
「だからイシイは足し算じゃなくて、引き算のメイク。」
ワッちゃんはベースメイクを始める。
陰影は最小限。
もともとの立体感を消さないよう、ベースコントロールで肌の色味だけを均一に整えていく。
「こういう顔は盛りすぎると、一気にやりすぎ感が出ちゃうからね。」
シェーディングもごく控えめ。
ハイライトも必要な場所だけに薄く入れる。
目元へ視線を移したワッちゃんは、思わず笑った。
「これ、助かる。」
「何が?」
イシイが尋ねる。
「涙袋。」
「描かなくてもちゃんとある。」
ワッちゃんは指先で軽く示す。
「普通ならメイクで立体感を作るところだけど、イシイは元からあるから、そのまま活かした方が自然。」
アイメイクも目の形を変えるのではなく、まつ毛の隙間を埋めるようにアイラインを細く引き、ブラウン系のシャドウで奥行きをわずかに足していく。
「主役はメイクじゃない。」
ワッちゃんは微笑む。
「イシイ自身の顔立ち。」
「私は、それが一番引き立つように仕上げるだけ。」
最後に全体のバランスを確認したワッちゃんは、小さくうなずいた。
「うん、これでいい。」
一歩下がってイシイを見つめる。
「イシイは、M○LKの仁○君イメージね。」
「俺が?」
イシイは照れくさそうに笑う。
「そっくりじゃないよ、方向性を寄せただけ」
ワッちゃんは笑いながら首を振る。
「イシイはもともと目鼻立ちがはっきりしてるから、それを活かした爽やかな王子様系の雰囲気。」
「メイクで盛るんじゃなくて、元の良さを引き出すイメージ。」
鏡をのぞき込んだイシイは思わず息をのむ。
「……なんか、自分の顔じゃないみたいだ。」
隣で見ていたタケちゃんが思わず口を開く。
「イシイってこんな顔だったんだね。」
モリも何度もうなずく。
「普段、前髪で隠れてるだけだったんだな。」
ワッちゃんは満足そうに親指を立てた。
「これで三人とも完成!」
第二被服室には、文化祭本番を目前に控えた期待と高揚感が満ちていた。




