第10話 それぞれの1ヶ月 ③
教室中に広がった予算不足の話は、放課後にはクラス全員の知るところとなっていた。
「予算トラブルだって。」
机を運びながらタケちゃんがぽつりと言う。
「ふーん。」
モリは短く返事をした。
イシイも興味なさそうに肩をすくめる。
「まあ、俺たちには関係ないよな。」
物販は班ごとの担当。
六人のFグループは、最初から予算二千円でやりくりする前提で準備を進めてきた。
クッキーの材料費も、包装資材も、すべて計算済みだ。
今さらクラス全体の予算が足りなくなったからといって、自分たちにはどうすることもできない。
そう思っていた。
しかし、その日の放課後。
クラス委員と中心グループの数人が六人のところへやって来た。
「ちょっと相談なんだけど。」
どこか言いづらそうな口調だった。
「何?」
イッチが尋ねる。
「その……。」
一人の男子が頭をかきながら言う。
「クラスの予算が足りなくなっちゃってさ。」
「だから?」
ワッちゃんが表情を変えずに聞き返す。
「各班で少しずつカンパしてくれない?」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
モリが思わず聞き返す。
「みんなで文化祭を成功させたいじゃん。」
「協力してほしいんだよ。」
その言葉を聞いたコバは、小さく息をついた。
そして、自分が管理している予算ノートを静かに閉じる。
「最初に言ったよね。」
穏やかな口調だった。
けれど、その声にははっきりとした強さがあった。
「『物販は班ごとにするから、Fグループは予算二千円で足りるでしょ』って。」
クラス委員たちの表情が固まる。
「だから私たちは、その二千円だけでできるように、一か月ずっと計算して準備してきたの。」
コバは相手の目をまっすぐ見た。
「今さら『カンパして』って言われて、できると思う?」
教室に重い沈黙が流れた。
コバの言葉に、教室は静まり返った。
クラス委員は困ったように視線を泳がせる。
「でもさ……。」
言い返そうとしたその時だった。
イッチが静かに口を開く。
「そもそも。」
「予算配分の話し合いにも、Fグループは参加させてもらえなかったよね。」
誰も返事をしない。
「二万八千円をどう配分したのか、私たちは何も知らない。」
ワッちゃんも続ける。
「それなのに、『足りなくなったから協力して』って言われても困るよ。」
モリが小さくうなずく。
「僕たちは最初にもらった二千円だけでやるって決められて、それに合わせて全部計画してきたんだ。」
「無理。」
コバはきっぱりと言い切った。
「二千円しかもらってない私たちには、これ以上出せない。」
すると、中心グループの男子が少し声を荒らげた。
「でも、俺たちだって持ち出ししてるぞ!」
その一言に、今度はイシイが顔を上げる。
「……自分たちは持ち出ししてるから?」
低い声で聞き返す。
「じゃあ、最初から予算二千円しかなくて、そこから足りない分を自腹で補ってる俺たちのことは考えたのか?」
タケちゃんも静かに続ける。
「その条件でできるように、一か月ずっと考えて準備してきた。」
モリもうなずく。
「今さら『足りなくなったから出して』って言われても、それは無理だよ。」
六人の言葉に、相手は押し黙る。
それでも、
「でも……。」
「クラスなんだから協力するべきっていうか……。」
歯切れの悪い言い訳が返ってくる。
するとコバは、小さくため息をついた。
そして、にこりと笑う。
「分かった。」
その笑顔に、相手は少し安心したような表情を見せる。
だが、次の一言で再び固まった。
「じゃあ、私たちも予算足りないからカンパして?」
「えっ?」
「私たちも自腹を切って準備してるの。」
「だから、クラスのみんなが少しずつ協力してくれるんだよね?」
コバは穏やかな笑顔のまま首をかしげる。
「もちろん、協力するべきなんだよね?」
相手は何も言えなかった。
「……。」
「……いや、その。」
視線をそらし、気まずそうに頭をかく。
「また……相談する。」
そう言い残すと、中心グループの面々はすごすごと引き下がっていった。
その背中を見送りながら、六人は誰も勝ち誇ることはなかった。
ただ、自分たちが積み重ねてきた努力だけは、簡単に譲るつもりはなかった。




