第五章:今この瞬間を鳴らせ
チャリティ・ライブの開催が刻一刻と迫る中、施設側とメンバーの前に大きな壁が立ちはだかった。ライブによる収益を巡る課税問題と、施設内での営業許可の認可だ。
楽屋で頭を抱えるダニーたちのもとへ、オズワルドの連絡を受けて駆けつけた昔の教え子たちが顔を出した。その中から、弁護士を目指して勉強中のライナスがオドオドしながら前に歩み出た。
「あ、あの……これは法律家としての助言ではなく、あくまで僕の独り言なんですけど……施設内での営利目的のライブとなると増税対象になってしまいます。……ですが! もしこれが商業ライブではなく『宗教施設における寄付金を募る特別法要(チャリティ礼拝)』という形を取れば、宗教法人の非収益事業として扱われ、非課税かつ迅速に許可が下りる計算になります……あ、僕はいま何も言っていません! ただの独り言ですからね!」
「それだーーーっ!!」
ライナスの鮮やかな抜け道にダニーが歓声を上げる。隣では僧侶のクーとカイ、そしてアーサー神父が顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべた。
「ふむ……法要(礼拝)というならば、まさに我らの独壇場だな」
「ええ、最高の『お勤め』にして見せましょう」
クロエによる徹底した財務管理と抜かりないスケジュール調整、そしてライナスのウルトラC的な法理論。
大人顔負けのサポートを受け、楽屋でメンバーたちはウィルが作ったあの勝負服に袖を通していた。さらにウィルは無造作に仕立て直した漆黒のレザージャケットを持ち込み、ダニーの胸元にドンッと叩きつけた。背中には、極細の金糸で豪快な稲妻の刺繍が施されている。
「……お前の分だ。バンドのフロントマンがそんな薄汚い格好でステージに立てるか」
「うおっ……すげぇ! 背中の刺繍、めちゃくちゃロックじゃねぇか!!」
興奮してジャケットを羽織るダニーだったが、ふと我に返り、弱気な顔でポツリと呟いた。
「……でもよ、ウィル。本当にうまくいくかな。あいつらの人生、俺が背負って失敗したら……」
目標を見失い、燃え尽きていた恐怖が不意に顔を覗かせる。そんなダニーを、ウィルは眼鏡の奥の鋭い眼光で見つめ、フッと鼻で笑った。
「ハッ、バカ言え。お前に背負ってもらうほど、俺たちは老いちゃいない」
「……え?」
「失敗を恐れるには、お前は若すぎるんだよ」
「若すぎるって……俺だってもうすぐ50だぞ!?」
「70や80の俺たちから見りゃ、40半ばなんてまだまだ鼻たれ小僧のヒヨッコだ。失敗を気にして日和ってんじゃねぇよ。お前がビビってどうすんだ、先生」
70代のウィルだけでなく、60代のクーや神父、50代のカイという「人生の大先輩たち」からの愛ある一撃。
自分一人で背負い込もうとしていたプレッシャーが吹き飛び、ダニーの瞳に宿っていた迷いが完全に消え去る。ダニーは歯を見せてニヤリと笑うと、背中の金糸の稲妻を輝かせて胸を張った。
「……ヘッ、言ってくれるぜ頑固親父! よし野郎ども、ぶっ放すぞーーーッ!!」
◇
客席を埋め尽したのは、入居者の家族や地域の人々、そしてダニーを追って駆けつけた昔の教え子たちだった。客席の最前列では、バートンがウィルの手掛けた圧倒的な衣装群を目にして「すげぇ……本物のソウルだ……」と目を輝かせ、クロエやライナスも「あのおっさん、相変わらず無茶苦茶だけど最高ね!」とニヤニヤしながらステージを見上げている。
ステージに照明が放たれた瞬間、客席からどよめきが起こる。そこにいたのは、かつて庭でぼんやりと空を眺め、死んだような目で「人生の消化試合」をこなしていたシニアたちの姿ではなかった。
威厳とロック魂を同居させた衣装に身を包み、鋭い眼光でスティックを構えるロイ。アーサー神父の指先から解き放たれる雷鳴のようなパイプオルガンとシンセサイザーの爆音。クーの凶暴な琵琶スラップが床を震わせ、カイの読経で鍛え上げられた重低音シャウトが観客の空気を引き裂く。ロイの激しいドラムに乗せて、クララがシワの刻まれた顔に最高の笑顔を浮かべ、圧巻のソウル・ハイトーンを轟かせた。
かつて彼らを「静かに余生を送るお年寄り」として見ていた家族や若者たちは、開いた口が塞がらない。やがて、その困惑は熱狂へと変わり、会場全体が地鳴りのような歓声と突き上げられる拳で満たされていった。
車椅子を投げ出す勢いでシャウトし、汗を飛ばして音を鳴らすシニアたち。彼らは決して「昔の自分を取り戻した」のではない。人生の終盤にして、過去のどの瞬間よりも激しく「今」を生き始めていたのだ。
その圧巻の光景と爆音の渦の中で、大先輩たちに導かれるように再び生かされた47歳のダニー・フォックスは、金糸の稲妻を背負い、ギターを力強くかき鳴らしながら確信する。
人生のピークは過去でも未来でもない。魂を鳴らしている「今」この瞬間なのだと。




