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第四章:届かぬ祈りと、真実の音

しつこいスカウトに折れ、夜のチャペルを訪れたカイ。静まり返る堂内には、一人パイプオルガンの前に佇むアーサー神父の姿があった。

パイプオルガンの鍵盤にそっと触れたまま、神父は足音に気づいて振り返り、力なく微笑んだ。

「……来てくれたのかね。だが……私にはどれだけ鍵盤を叩いても、神のお声が聞こえたことがないのだよ。虚しいものだな」

そう落胆する神父に、カイは静かに自らの過去を重ね合わせるように、落ち着いた声で語り始めた。

「……分かります。僕も日本で僧侶をやっていた頃、毎日祈っていました。ですが『この声は本当に届いているのか』という疑念が消えず、声を捨て、本屋の静寂に逃げ込んだんです。今、あなたの音を聴いて……昔の自分と同じだと感じました」

カイは神父の隣に寄り添い、どこか呆れたような、でも温かい眼差しで微笑んだ。

「……あのダニーという男、僕より年下のくせに5回も店に押し掛けてきて、アコギを振り回して大騒ぎしていったんです。静寂の中に隠れて鍵をかけていた僕の心を、あいつは無茶苦茶に踏み荒らしていきました。でも……その青くさい爆音を浴びて気づいたんです。あいつの音は、形式も論理も飛び越えて、一瞬で人の魂に直接届いている」

カイは真摯な瞳で神父を見つめる。

「アーサー神父、神の声が聞こえなくても、祈りが届いているか分からなくてもいい。今、目の前にいる人たちの心を揺らすこと。それが、僕たちの探していた『救い』なんんじゃないですか?」

アーサー神父は目を見開き、やがて静かに微笑んだ。

「……ハハッ。まさか東洋の仏僧に、神の愛の届け方を教わるとはな。そうだな……主のお言葉を待つのではなく、今、目の前にいる者たちの心に直接歌を届ける。それこそが、私の果たすべき務めだ」

そこへダニーがニヤニヤしながら割り込んでくる。

「そうだぜカイ! そもそもお前らお坊さんの『読経』だって、長年腹から声を張り上げて命懸けで魂を届ける喉のトレーニングみたいなもんだろ! 届かない祈りなんざねぇ、お前のその鍛え上げられた声は、最初からロックを歌うためにあったんだよ!」

無茶苦茶な論理にカイは呆れ顔を見せたが、胸の奥で何かが熱く弾けた。

兄のクーが陰からベースのスラップを「ベベン!」と重く響かせると、腹を決めたカイはマイクを握り締め、腹の底から読経で鍛え上げた重低音シャウトを解き放つ。アーサー神父の爆音パイプオルガンとシンセサイザー、クーの琵琶ベース、ロイのドラム、クララのハイトーンが重なり合い、最強のバンド『ヘブンズ・ロック』がここに完成した。

◇

後日、練習部屋に置かれた山積みの古書を見て、カイがぽつりと呟いた。

「これ、本当に読んだんですか? 16世紀の古フランス語なので専門家しか読めませんよ」

「がびーん!?」とショックで膝から崩れ落ちるダニー。カイはフッと楽しそうに鼻で笑った。

その横で、元テーラーの入居者ウィルが夜通し針を走らせて完成させたステージ衣装を持ち込んできた。

「……できたぞ。俺の持てるすべてのソウルを注ぎ込んだ」

ウィルが掲げた衣装を目にした瞬間、ダニーたちは言葉を失った。

アーサー神父に用意されたのは、無数の銀色に輝くスタッズとチェーンがびっしりと打ち込まれた漆黒の「スタッズキャソック(聖職者服)」。クララには野性味あふれるスパンコールのロングドレス、クーとカイの渋いおっさん兄弟には袈裟と革ジャンを融合させた和洋折衷のセットアップ、ドラマーのロイにはヴィンテージ風のレザーベスト。

「……おお、神よ。これが私の新しい戦闘服ですか」と目を丸くするアーサー神父。

ダニーは衣装の縫い目をなぞりながら、興奮で声を震わせた。

「すげぇ……完璧だ! ウィル、あんたやっぱり本物の『伝説の仕立て屋』だな!!」

感動するダニーは真顔になり、ウィルに向かってまっすぐに頭を下げた。

「……なぁウィル。頼みがあるんだ。俺の教え子でバートンって奴がいてさ。デザイナーを目指して面接を受けまくってるんだが『基礎がなってない』って落され続けて凹んでて……。でもあいつのセンスと服への情熱は本物なんだ! これを見てくれ!」

ダニーは姿を消したあの夜、唯一手元に抱えて持ってきたバートンのポートフォリオをウィルの前に差し出した。そこには、バートンが描いたデザイン画や服の写真、そして教え子たちの集合写真がアルバムのようにぎっしりとファイリングされていた。

ウィルは眉をひそめながらパラパラとページをめくり、そっぽを向いてフッと鼻を鳴らした。

「……ハッ、面接官の見る目がねぇだけだ。縫製は甘いが、色の合わせ方のセンスだけは本物だぜ。型にハマった奴らに評価されて落ち込んでるようじゃ半人前だが……勝手に連れて来りゃいい。本物の裁縫ってやつを叩き込んでやる。……フン、気が向いたらだがな」

ツンデレ全開で作業に戻るウィルに、ダニーはニヤリと笑った。

「へへっ、サンキューな、頑固親父!」

職人としての誇りを取り戻したウィルと、次世代へのソウルの継承という新たな光が灯り、バンドはいよいよ決戦のステージへと向かうのだった。

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