第三章:16世紀の古書と、5度目の執念
メインボーカルを獲得するため、ダニーとクーはクーの弟・カイ(50代)が働く街角の古書店へと向かった。
重厚な木製のドアを開けると、静寂と古い紙の匂いが立ち込める店内。カウンターの奥から現れたカイは、白髪交じりの渋くダンディな顔立ちをしながらも、氷のように冷たい眼差しをこちらに向けてきた。
かつて日本で僧侶をしていたカイは、「祈るだけで本当に目の前の人を救えるのか?」という深い疑念に苛まれて渡米。己の声を捨て、古書店の静寂に隠れるように生きていたのだ。
だが、そんな事情など一切知る由もないダニーは、挨拶代わりにアコギを構えると店内でいきなり爆音で熱唱を開始した。
「お前の声が必要なんだ! 俺と一緒にロックで世界を震わせようぜ!!」
店内揺らぐほどの爆音弾き語りに対し、カイはピクリとも表情を変えず、無言のまま静かに受話器を取り上げた。
「お引き取りください。通報します。それに……歌も祈りも虚しいパフォーマンスです」
「虚しいだと!? ふざけんな!」と食ってかかるダニーだったが、本当に警察を呼ばれる前にクーに引っ張られて退散。だが、ここから全5回にわたる怒涛の押し掛けスカウトが始まるのだった。
◇
翌日、2回目の訪問でダニーはカウンターの前で盛大に土下座を決めた。
「カイくん頼む! あんたの兄貴を見てくれ! お前が声を閉ざしてから、クーはこんなに悲しそうな顔をしてるんだぞ!」
カイは自分より年下のダニーと、後ろで無言のまま立っている兄のクーを交互に見比べ、冷ややかに言い放った。
「……年下のあなたに言われたくありません。それに兄は元々あんな顔です。連れて帰ってください」
間髪入れずに、クーがベースの弦を無表情のまま叩きつける。
「ベベン!!」
「お前も納得してんじゃねぇよ!!」とダニーの悲鳴のようなツッコミが静かな古書店内に虚しく響き渡るのだった。
◇
3回目と4回目の訪問では作戦を変更したダニー。ポケットからクシャクシャの札束を叩きつけ、「俺、昔から宗教思想に興味があってさ〜!」とドヤ顔で言い放った。一番目立つ棚にあった鈍器のような『16世紀フランス高等神学の考察』をはじめ、持ちきれないほどの難解な宗教書を買い占めてレジにドカドカと積み上げた。
「……他のお客様の迷惑です。あと、1文字も読めもしない本に散財するのはやめなさい」
年下のダニーが見栄を張っているのを見抜いたカイの呆れ顔を受けながらも、ダニーは引きつった笑顔で耐え続けた。
◇
そして5回目の夜。閉店作業を終えたカイが店を出ると、街灯の下でアコギを抱えたダニーが立ちふさがった。
「本は山ほど買った! これで上客だろ! 一回だけでいい、チャペルに来て俺たちの音を聞け!」
自分より若いくせに、静寂の中に隠れていた自分の心に土足で踏み込んで無理やりこじ開けようとする男の異常な執念。50代のカイは深々と溜息をついた。
「……一度だけです。それで満足したら二度と来ないと約束してください」




