21話 愛される夫、夫になり損ねた男2
王立騎士団の団長で元上司、ガルフェルト侯爵はオレを睨みつけ大声で怒鳴った。
「見苦しいぞ、ギリス! お前に騎士の誇りが少しでもあるなら、今すぐ黙れ!」
少しでも逆らえば殺されるのではないかと思うほど、団長が放った威圧感に負けてオレはヨロヨロと後ろへ下がった。
会う前にオレが期待していた、元部下への思いやりや優しさなどは微塵も感じられない。……むしろ激しい怒りと嫌悪、蔑みの感情が団長の顔に浮かんでいた。
「……っ」
(オ、オレは団長に……こんなにも嫌われていたのか?)
「王立騎士団にお前の戻る場所は無い! だが、そこまでお前が言うのなら、南方国境騎士団に推薦状を書いてやる」
「南方⁉ 南方国境騎士団だなんて……そんな!」
南方といえば。冷戦状態の隣国との国境線を守る騎士団で、国境をおびやかす襲撃が絶えない場所だ。
王立騎士団や近衛騎士団などとは、比べ物にならないほど、騎士たちは危険にさらされる。
(そ、そんな場所に団長は、オレに行けというのか⁉)
頭から血の気が引いた。
「あそこはいつでも、騎士不足だからな!」
「そ……そんな、団長!」
「南方国境騎士団なら口の悪いお前でも、悪目立ちはしないだろう」
オレよりもずっと口が悪く、問題を抱えた騎士が大勢いるからだ。
「どうか、そんな薄情なことは言わないで下さい!」
(南方国境騎士団だなんて、命がいくつあっても足りないじゃないか! そんな危険なところに行けば、出世するよりも先に命を落としてしまう)
「ギリス。問題だらけのお前を、私が推薦できるのは南方しか残っていない。あそこなら伝手がある」
ガルフェルト侯爵が若い頃。剣の腕を買われて南方の国境警備を指揮する、当時は第三王子だった王弟殿下の護衛騎士となり、二年間近衛から出向していた。
その時に侯爵は南方国境騎士団の団長と親しくなったそうだ。ガルフェルト侯爵の実戦的で厳しい指導方法は、南方国境騎士団仕込みである。
「でも、あんな所には行けません!」
「なら、お前は騎士団入りは諦めて雇われ騎士になれば良い。……だが、貴族はけしてお前を雇わないだろう」
「雇われ騎士……?」
(雇われ騎士だなんて、騎士の中の最底辺じゃないか! そんなものになれるかよ!)
「さっきも言ったが、貴族は王家に忠誠を誓っている。だから王女殿下に暴言を吐いたお前を、貴族たちは雇うことはない」
団長は冷ややかにフンッ… と鼻で笑った。
「だ、だったら……オレは雇われ騎士にも、なれないということですか?」
「いや、裕福な平民ならお前の経歴を買い、雇ってくれるかも知れない」
「……っ」
(平民? 平民にこのオレが雇われるだって? このオレが平民に? クソッ! そんなこと恥ずかしくて、できるわけない!)
だが団長の言った通り、本当に貴族はオレを雇わないだろう。
──侯爵邸に来る前。
実家に戻って伯爵家を継いだ兄に、騎士団を紹介してもらおうと頼んだが。そこでも王女を侮辱したオレは、屋敷から追い払われて絶縁された。
他の貴族たちも、きっと兄と同じ反応をするだろうとは思っていた。
(団長だけが頼みの綱だったのに!)
「どうするギリス。南方国境騎士団へ行くか?」
「……それは」
「ギリス……?」
「行、行きます」
オレは団長の提案を受け入れ、ガックリと項垂れた。
「これは最後の温情だ! 推薦状は私から直接、南方国境騎士団へ送っておく。お前も騎士なら、途中で絶対に逃げるなよ」
「はい……」
「ギリス、お前が吐いた暴言で傷ついた妻が怯えるから、二度と私の前に顔を出すな。……わかったか?」
「はい、団……いいえ、ガルフェルト侯爵閣下」
「よろしい」
元上司ガルフェルト侯爵はオレに別れの挨拶もしないで、足早に妻が待つ裏庭へ戻って行った。
侯爵の大きな背中を見送り、裏庭で見た美しいマリエルの姿を思い出す。
「あの時、初夜でオレが暴言を吐かなければ。美しい彼女は本当に……オレのものになっていたのか?」
(あの時のオレは、嫁ぎ先がない行きおくれた面倒な娘を副団長に押し付けられたと、ずっと腹を立てていた。彼女がオレの妻のままだったら、今と何かが変わっていただろうか?)
幸せそうに輝いて見えたガルフェルト侯爵夫妻の姿に。不幸のどん底に落ちて今さらだが、羨ましく思った。
(あんなに綺麗な妻にオレも愛されていたら、王女殿下の理不尽な我儘も笑って許せていたかもしれない……)
(オレが近衛をクビになった後も。ガルフェルト侯爵は自分が大切にしていたマリエルのために、もっと親身にオレの相談に乗ってくれたかもしれない……)
侯爵が去った後も『もしも?』の仮定をいくつも考え、整形庭園の前でぼんやりしていると。さっきオレを門から追い出した警備担当の騎士が現れた。
騎士に嫌味を言われながら、再びオレは侯爵邸から追い出された。




