20話 愛される夫、夫になり損ねた男
娘がふたたび夢の世界へスヤスヤと戻ってゆくのを見届けると。
私は娘と妻から、嫌々視線をガルフェルト侯爵邸の裏庭に、不法侵入した元部下のギリスへと移した。
「……っ!」
(この野郎!)
ギリスが頬を染めて、ずうずうしくもマリエルを熱い眼差しで見つめていることに気付き。
私の中でカッ! と怒りが爆発した。
(夫の私の前で、妻を淫らな目で見るなんて! この男、このまま黙って追い払うつもりだったが。とてもそんな生ぬるい対応では、許せそうにない。こいつが二度とマリエルを見れないよう、徹底的に排除しなければ!)
ギリスの視線を遮るように、私はマリエルと娘の前に立った。自分の身体で、ギリスの邪悪な視線から二人を守った。
「ギリス、話は向こうで聞くから。お前は先に裏庭から出ろ!」
(これ以上、マリエルと娘の姿を一瞬でもギリスの視界に入れたくい)
私は顎を振り、裏庭から出る道を進むようギリスに指示する。
「は、はいっ!」
うっとりとマリエルに見惚れていたギリスは、あわてて背中を向け、裏庭を出る道を歩いて行く。
私は背後に隠したマリエルに……
「すまないマリエル、あいつと少し話をしてくるよ。すぐに戻ってくるから、ここで待っていてくれるか?」
「ええ、セイン。ルイーズも気持ち良さそうに眠っているから、もう少しここで外気浴をさせるつもりよ」
「そうか」
「ええ、待ってるわ。セイン……」
「うん」
もう一度、マリエルにキスをしてから、私はあずま屋を離れギリスの後に続いて裏庭を出る道を行く。
ガルフェルト侯爵邸の玄関前に出て、マリエルと娘からじゅうぶん離れた整形庭園まで来ると、私は立ち止まる。
そこで待っていたギリスに腕組みをして威圧的な態度で、話しかけた。
「それでギリス、今さら私に何の用だ?」
休日を邪魔され不機嫌になった私に。さすがのギリスも気まずそうに、おずおずと口を開いた。
「その、団長…… オレはまた、王立騎士団へ戻りたいです!」
「お前が近衛に行く時、私は二度と王立騎士団へは戻るなと言ったはずだが? まさかこんなに早くクビになるとはな!」
「どうか、お願いします! 新しく出直したいのです!」
「王族に暴言を吐いたお前を、受け入れる騎士団は無い! 王立騎士団も同じだ! 私は王族に暴言を吐くような奴を推薦したと、近衛の騎士団長に嫌味を言われたのだぞ!」
(推薦した騎士が問題をおこせば、推薦者である私の面目もつぶれることはわかっていたが)
とにかくあの時はマリエルを傷つけたギリスを、王立騎士団から追いだすには、他の騎士団に移籍させるのが一番早いと考えた。
そのため私自身に傷がつくリスクを抱えて、ギリスを近衛に推薦したのだ。
我がままな王族に耐えられず、ギリスは二,三年後には自分から辞めるだろうと考えてのことだが。
「まさか一年も耐えられず、お前がクビにされるとは、私にも予想外だった」
ビクッ! ……とギリスが身体を強張らせ、顔面蒼白になる。
「そ……それは申し訳ありません!」
「いいか、ギリス。どの騎士団も王家に忠誠を誓っている! お前も知っているだろう? 我々貴族階級の者たち全員もだ! その汚い口で暴言を吐く前に、なぜそのことを考えなかったのだ!」
私よりも頭一つ分低い位置にある、ギリスの目を冷ややかに見下ろした。
「で、ですが! あの王女が……本当に性悪で! ですから…… きっと元の王立騎士団でなら役に立てます! 団長、お願いですどうか……っ!」
ギリスのくだらない言い訳が、私の癇にひどく障り大声で怒鳴りつけた。
「見苦しいぞ、ギリス! お前に騎士の誇りが少しでもあるなら、今すぐ黙れ!」
「……っ」
「王立騎士団に、お前の戻る場所は無い! だが、そこまでお前が言うのなら、南方国境騎士団に推薦状を書いてやる」
「南方⁉ 南方国境騎士団だなんて……そんな!」
ギリスは顔色を変えた。
「あそこはいつでも、騎士不足だからな!」
南方国境騎士団とは、王国の中でもっとも危険にさらされる騎士団である。




