18話 ギリスの思惑
今日は休日だから団長には会えないと、ガルフェルト侯爵家の執事に言われ。
オレはたまらずブツブツと口汚く罵ると。侯爵家の警備を担当する騎士を執事に呼ばれ、野良犬のように玄関ホールから追い出された。
「クソッ! なんでこのオレが、執事ごときに追い返されなければいけないんだ! 王立騎士団の執務室へ来いだって?」
侯爵家の騎士に監視されて門の外まで出ると、目の前でガチャリと鍵を掛けられた。屋敷へ無言のまま戻って行く警備の騎士の背中を見つめながら、苦い思いで顔をしかめた。
団長に会うのは諦めて、仕方なくガルフェルト侯爵邸を囲うフェンスにそって歩いて行くと、使用人用の簡素な扉の前を通った。
何気なく扉を見ると鍵が外れていて、不用心にもわずかに開いていた。
オレはピタリと足を止めた。
「いや、ここで簡単に帰ってはダメだ! 絶対、団長に会わなければ。オレが会いに来たことを、あの執事が団長に伝えていないに決まっている!」
王立騎士団時代、団長はオレに口では厳しいことを言っていたが。本当はオレの実力を認めていて、近衛騎士団に推薦してくれた。
「今日は休みだから会わないなんて。団長がオレに対してそんな薄情なことを、言うはずがない!」
(生意気な執事だ! あんなやつはクビにするよう、団長に忠告してやろう)
執事に追い払われてもオレは簡単に諦められず。使用人用の扉から裏庭へ入り、敷地の奥へ進んだ。
「クソッ! 団長はどこだ……やっぱり執務室か? ……あの執事のせいだ!」
コソコソと泥棒のように、他人の屋敷の敷地内を歩き回るうちに怒りが込みあげて来た。
「せっかく近衛騎士団へ移籍したのに。あの性悪で我がままな王女のせいで、今までの苦労が全部無駄になったじゃないか!」
(オレはこんなところで、終わるような人間じゃないからな。もう一度王立騎士団へ戻って、今度は王立騎士団の騎士団長になってやる! オレの能力なら絶対に出来るはずだ。オレは他の凡人騎士たちとは違う!)
玄関前の大きな庭は、左右対称に整然と花や木を並べた整形庭園だったが。屋敷の壁にそって裏側へまわると。
腕の良い庭師たちのおかげか、屋敷の主人の好みかはわからないが。
田舎の風景を再現するために、小さな草花やハーブが丁寧に移植された散歩道が奥へと続いていた
オレが子供の頃、長期の休みになるたびに遊びに行っていた、今は亡くなった祖父母が暮らす田舎の屋敷の庭に似ていて。どこか懐かしい雰囲気の庭だ。
そんな裏庭の道端で咲く白や黄色の草花になど、怒りを抱えるオレは気づかう余裕もなく。先を急いで乱暴に踏み荒らしながら庭の奥へと進んだ。
「とにかく、副団長……」
(……ではなくて。騎士団長に直接会って、王立騎士団への復帰を認めてもらわないと。それまでオレは、何もできないじゃないか)
──不意にクスクスと笑う人の声がどこかから聞こえ、オレはピタリと足を止めた。
どこから声が聞こえるのか、キョロキョロと周囲を見まわすと……
「あっちか?」
散歩道から外れて木と木の間をガサガサと強引にかき分けて進み、庭の奥に石造りのあずま屋を見つけた。
騎士団長のセインは、ちょうどオレに背中を向けて座っていたが。その隣にミントグリーンの爽やかなドレスを着た、滅多に見ない美しい貴婦人が立っている。
「誰だ、あの女性は?」
(確か騎士団長は、オレが捨てたタムワース男爵家のマリエルと結婚したと聞いたが。あれは聞き間違いだったのか?)
自分の記憶にある、マリエルを思い出そうとした。
結婚前のマリエルは実家の男爵家が貧乏だからと、双子の弟たちを優先して、自分のことに気を使わない女だったから。
『ずいぶんと……古めかしいドレスを着ているな』
……婚約した後、一度だけマリエルを連れて町へ出かけた時。あまりにも貧乏臭い姿で、オレは連れて歩くのが恥かしくて、皮肉を込めて言ってやると。
『亡くなったお母様が着ていたドレスなのです。とても良い生地を使っているので』
頬や身体も痩せていて。ただでさえ地味で平凡な顔なのに化粧っけも無く。そのうえ母親のお下がりを着て喜ぶ女だと知りうんざりした。
結局オレはその一度だけで、マリエルと出かけるのが嫌になり二度と誘わなかった。
(あの女の顔など、思い出そうとしてもぼんやりと記憶が薄れていて、思い出せない)
地味で平凡な女の顔など、一年以上も会わなければ忘れて当然だ。
「あの貴婦人が、貧乏臭い男爵令嬢ではないのは確かだ」
団長の隣に立つ貴婦人は、我がままな王女も愛用していた、王都で人気のドレステーラー製のドレスを軽やかに着こなし。
愛する夫のためなのか、薄く化粧をしている。
団長と貴婦人がいるあずま屋まで近づくと、二人の会話が聞こえて来た。
「マリエル、久しぶりに観劇に行かないか?」
「まぁセイン! 今は騎士団のお仕事が忙しいのでしょう? 無理はしないで下さいな」
「いいかい、マリエル。君の夫は子育てに奮闘する妻を労うために、観劇に連れて行けないほど無能は男ではないよ」
「ふふふっ……嬉しいわ、セイン!」
「マリエル……⁉」
(まさか……あの女なのか? 本当にあの貧乏な男爵令嬢なのか?)
オレは信じられなくて、目を剥いた。




