17話 結婚生活
高齢を理由に、王立騎士団の騎士団長が少し前に引退した。
予定通り副団長のセイン様が、新たな騎士団長へと就任することになった。
以前よりも増々忙しい日々を送るようになっていたセイン様は、久しぶりに休みを取った。
ガルフェルト侯爵邸で誰にも邪魔されず。家族だけで午後のひと時を過ごすという、贅沢を楽しんでいた。
裏庭の奥のあずま屋に置かれたテーブルでお茶を飲み。ティーカップをカチャッと音を立てて皿の上に置くと、私は夫に話しかけた。
「ねぇ、セイン」
「……んん?」
腕の中で眠る生まれたばかりの娘ルイーズを、ニヤニヤと笑いながら見ていたセインは、私に名前を呼ばれて顔を上げた。
「そろそろ、ガブリエルにダンスの先生をつけたいの」
「ダンス?」
「ええ。学園へ入学する前にダンスをしっかり習っておいたほうが、あの子も恥をかかなくてすむでしょう?」
(私がガブリエルに教えられたら良いのだけれど。実はあまりダンスは、得意ではないのよねぇ……)
自分のダンスがどれだけ下手なのかを思い出して、苦笑いを浮かべた。
「ダンスの教師を雇うのはかまわないが……学園でも習うだろう?」
セインは学園でダンスを覚えたらしい。
「確かにそうですけど。私の弟たちがダンスを上手く覚えられなくて、とても苦労しているから……」
「ふむ……」
私の双子の弟たちは現在16歳になり。セインの息子ガブリエルは13歳になる。
「完ぺきではなくても、少しだけ慣れておけば。ガブリエルが学園の講義でダンスを嫌いにならなくて、済むのではないかしら」
(私の夫は正しく説明して頼めば、私のお願いをかなえてくれる優しい人だから。きっと、わかってくれるはずだわ)
夫にもう一押ししようと椅子から立ちあがり、私は向かい側の椅子に座るセインの横に移動した。
……そして甘えるように、娘を抱く夫の唇にキスをする。
「弟たちは最初の講義でつまずいてね。ダンス自体に苦手意識を持ってしまったの。だから……ね? お願い、旦那様。良いでしょう?」
ニコリと笑い。私はもう一度、セインの唇にキスをした。
「マリエルは本当に、気が利くなぁ~」
「ふふふ……ダンスの先生を探しても良い?」
「良いよ。君の息子になれたガブリエルは幸せだよ」
「それは、私が素敵な旦那様の妻になれたからですわ……」
「ああ、頼むからマリエル。私を旦那様などと、呼ばないでくれ」
機嫌が良かったセインが、急に顔をしかめた。
「ふふふ…… わかったわセイン」
(もう、セインったら! 私が“旦那様”と呼ぶと、私との年齢差を感じると拗ねてしまうなんて!)
私から見れば……セインとの十四歳の年齢差さえ、成熟した大人の魅力にしか思えないのに。
急に機嫌が悪くなった可愛い夫の唇に、私はもう一度……愛情をたくさん込めてキスをした。
「ふふふっ……可愛い人!」
(いつまでも恋人のように、名前を呼んで欲しいなんて! 大好き!)
「マリエル……揶揄わないでくれ」
──突然。忙しい夫と過す貴重で贅沢な時間を邪魔する者が現れる。
私は執事からその名を聞いた瞬間、ビクッと身体が強張った。
「失礼します、旦那様。騎士のギリス・モリダール様がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか」
侯爵家の執事が客の来訪を伝えに来た。
「……ギリス・モリダールだって⁉」
「……っ!」
(なぜあの人がここへ来たの? 彼は王立騎士団を辞めたから、二度と会うことはないとホッとしていたのに)
私の動揺を感じ取った夫のセインは、眉間に深いしわを寄せた。
「旦那様、お断りしますか?」
来訪者の名前を聞き不快そうな表情を浮かべた私たちに、有能な執事は『会わずに追い返しますか?』 ……と先に提案する。
「ああ、頼む。今日は休日だから私に会いたければ、王立騎士団の執務室へ来いと伝えてくれ」




