15話 セインの求婚
私の手紙を読み神殿まで会いに来てくれたセイン様と、最初は就職先の候補について話していたのに。
──なぜかセイン様は顔を強張らせ、急に緊張した様子で私に求婚した。
「つまりだ……マリエル。つまりだな……私のそばで……妻として働いて欲しいとだな」
「……っ⁉」
「マ、マリエル……君をどこにも行かせたくない。タムワース男爵家を出てどこかへ行くなら、私の元に来て欲しい」
「セイン様?」
「マリエル……」
(ああ、セイン様は私が貴族の家に働きに出ることを、反対するあまり。求婚してでも止めようとしているのね?)
それほど私のことをセイン様が心配して、大切にしてくれるのは本当に嬉しいけれど。でもそれは私を愛しているからではない。
優しいセイン様は良い結婚を、この先は望めない私が可哀そうだと同情しているのだ。
「妻……ですか? セイン様の? でも侯爵様のセイン様と男爵の娘の私では、大きな身分の差という問題が……」
顔に身体じゅうの熱が集まったように、カァッ……となった。たぶん私の顔はストロベリーのように真っ赤に染まっているだろう。
「それなら、一度結婚に失敗して離婚歴のある私の方が、ずっと問題がある。年も君より一四歳も上だし。身分の差など気にならないほど、マリエルよりも私の方がはるかに条件が悪い」
「で……でも、セイン様は……」
(セイン様ほどの人なら一度の離婚ぐらいで、魅力が失われることは無いわ。だって私はあなたの息子、ガブリエルに聞いたから知っているのよ)
セイン様が離婚したあと王都の有力貴族たちが、自分の娘をガルフェルト侯爵家に嫁がせようと、今も騎士団の本部や侯爵邸に娘を連れて訪れていると……ガブリエルが言っていた。
つまりセイン様もギリスさんと同じく、結婚に何も求めていないから。有力な花嫁候補がいても離婚して以来、誰とも結婚しなかったのだ。
私がセイン様を好きになってから、何度も何度もお父様に諭され続けてきた言葉が、脳裏を過ぎる。
『いいかい、マリエル。副団長は素晴らしい騎士だから、お前が憧れるのは無理もないよ。……だけど、あの人はけしてお前のモノにはならないということだけは、覚えておきなさい』
昔から私がセイン様に恋心を持っていることを知っていたお父様は。
双子の弟たちに会いに来たガブリエルから、セイン様と結婚したがっている高位貴族の令嬢の話を聞いて、何度も私に夢を持ち過ぎるなと諭した。
「……」
私の顔をジッと見つめながら、求婚の返事を黙って待つセイン様を見ているうちに、何だか惨めな気分になって来た。
「セ……セイン様が、私と白い結婚を考えておられるのなら……お断りします!」
「マリエル……」
(同情されて、セイン様に結婚してもらうなんて……そんな惨めな妻になるなんて耐えられないわ。セイン様を心から愛しているから。……そんなのは嫌よ!)
愛するセイン様に求婚されたのだから、普通なら飛び上がって喜ぶところだけど。
私は大きな屈辱を感じてしまい、涙がこぼれそうになるのを必死で眉間に力を込めて我慢した。
「私はセイン様の子供が欲しいのです」
私は勇気をふり絞って、最大限の愛の告白をした。
「……んんっ⁉」
たぶんセイン様は、私の恋心にまったく気付いていなかったのだろう。驚いた表情で私の顔をパッ! と見た。
「/////////…っ」
(セイン様は私に結婚まで申し込んだのに。やっぱり同情しか感じていなかったのね? 私は女性としてそんなに魅力が無いの?)
屈辱と恥ずかしさで体温がまた上がった。頭から湯気を出しそうなほど顔が熱い。
真っ直ぐセイン様の顔を見ていられなくなり。私は下を向き、目のはしに滲んだ涙をこっそりと指先でぬぐった。
「……私の子?」
「はい、セインさまの子供を産みたいのですっ!」
「……っ」
下を向く私の頭の上で困惑するセイン様の声が聞こえ。胸がヂクヂクと痛む。
(これ以上、セイン様への愛を隠すことなんてできないわ。セイン様を困らせているのは、わかっているけれど。もうダメ……)
──絶望しきっていた私だけど。奇跡が起きた。
「マ……マリエル! 君が望むなら……君の…希望を出来る限り、私は叶えるつもりだ! それが夫の仕事だからね」
(えっ⁉)
一瞬、聞き間違いかと顔を上げてセイン様を見た。
「本当ですか? 白い結婚ではないのですか⁉」
(なら、私を愛して下さいと言ったら……セイン様は愛してくれる? 本当に私の望みをかなえてくれるの⁉)
「本当だ、約束する!」
セイン様は赤い顔で、コクッ、コクッ、とうなずく。
ギュウゥゥゥッ……!! とセイン様に抱きついた。セイン様はあわあわと手を振り回した。
「セイン様!」
「うおぉっ…?!!」
セイン様が私の気持ちを、受け入れてくれただけでも嬉しかった。
その後、私は生まれて初めてのキスをセイン様にもらった。
あまりの嬉しさに夢心地な気分のまま、記念すべきセイン様とのキスをもう一度もらったけれど。
……結局、私はこの時のことをほとんど覚えていなかった。




