10話 婚姻無効2
妻のマリエルが初夜を拒んだだけでも、腹がたつのに。
夫のオレを無視してモリダール家を夜のうちに逃げ出したことを、翌朝、使用人に聞かされて知り。使用人たちの前でオレは大恥をかいた。
マリエルへの怒りが、抑えられない。
──そのうえ、東部地方へ逃亡した強盗犯を捕まえ王都へ戻って来ると……
いきなりオレは神殿から届いた、婚姻無効の手紙を受け取った。
それも神官長の嫌味が長々と書かれた手紙を読み、増々気分を悪くし怒りは沸騰し頂点に達してしまう。
「オレは慈悲の心で、あの女と結婚してやったのに! アイツはなんて恩知らずな女だ! 美人でもないし。貧乏男爵の娘で。そのうえ嫁ぎ先も無い、行き遅れの惨めな女のくせに。生意気だ!」
(クソッ! クソッ! クソッ! あの女、絶対に許さないぞ‼)
オレは騎士団の同僚たちの前で、内からあふれ出した怒りを隠さず、暴言を撒き散らした。
普段からオレは穏やかで温厚……という性格ではないが。それでもコレはあまりにもひど過ぎる。何にでも限度と言うモノがあるはずだ。
だからオレだって癇癪を爆発させて、激しく怒っても許されて良いはずだ。
「おいおい、ギリス… それは言い過ぎだろう? マリエル嬢はかなりの美人だと、私は思ったけどな?」
年上の同僚騎士は不快そうに顔をしかめて、オレの暴言を諫めた。
聞いた話ではマリエルの父親タムワース男爵は、面倒見が良い人物らしく。
長く騎士団に在籍する年上の同僚たちは、副団長と同じくタムワース男爵に親切にしてもらった経験があり。
世話になった恩人の娘マリエルへの、悪口を聞きたくないようだ。
「あんな女のどこが美人ですか? オレは副団長に頼まれたから……正直、アイツには不満だらけだったけど。我慢して結婚してやったのに!」
目の前にあった机を怒りに任せて、拳を握りガンッ! ……とブッ叩いた。
「お前が初夜で彼女に失礼なことを、言って怒らせたのが悪いんだよ」
「オレは本当のことを、言ってやっただけですよ!」
「いや、普通は結婚したばかりの新妻に……『お前と家庭を築く気はなかった』なんて言わないさ」
オレに配慮が足りないと、年上の同僚は説教をする。マリエルが勝手に逃げ出して……被害者なのはオレの方なのに。
「そういう話は先にしてやった方が、変に希望を持たなくて良いと思ったから……」
(だから何だよ! アイツが従順な態度を初夜で見せれば……オレだって優しく抱いてやるつもりだったのに。オレの親切を踏みにじりやがって!)
「とにかくギリス。そんな大声で彼女の悪口を言うのは止めろ! 間違っても、副団長の耳に入ったら……お前の立場が悪くなるぞ」
「クソッ!」
「子供のように自分の主張を通そうとするなギリス。呆れたヤツだな……」
いくら言い聞かせても、オレが言うことを聞かないと。年上の同僚騎士はあきれてため息をつく。
「……っ!」
(今の怒鳴り声は……ギリスか⁉)
マリエルが結婚初夜にモリダール家を出て、神殿に身を寄せていることについて。
東部から戻って来たギリスにも、話を聞こうと騎士たちの待機場所へ来たが……
待機場所の扉の内側から廊下にまで漏れ聞こえる大声で、怒鳴り散らすギリスの暴言が耳に入り。私は黙って聞き耳を立てた。
(元気が良すぎて、時々口が悪くなるヤツだとは思っていたが……)
大きく気分を害しているらしいギリスは、マリエルへの不満だけでなく。私の悪口まで言い始める。
「いくら世話になった知人の娘でも、部下にあんな女を押し付けるなんて! 副団長は自分勝手だ! そんなに良い女だと思うなら、自分が結婚すれば良いんだよ!」
「いい加減にしろ、ギリス! お前は口が悪すぎるぞ」
あまりにも、ひどい暴言に嫌気がさした、年上の同僚はギリスに怒鳴った。
だが、どれだけ同僚に注意されても、ギリスの暴言は止まらない。
「実はあの女……本当はすごい尻軽で、副団長の愛人じゃないのか?」
「オイ、やめろ!」
「副団長は自分が使い古して飽きたから、自分のお古をオレに押し付けたんじゃ……」
「いい加減にしろ、ギリス!」
扉の向こう側から聞こえる、耳を疑うようなギリスの暴言の数々に。これ以上、ギリスから話を聞く必要は無いと判断した。
私はそのまま執務室へ戻った。
「すまない、マリエル……私が間違っていた。ギリスは騎士としては有能でも。人として、夫としては、まったく信頼できない人間だとわかったよ」
ギリスの本性を知り。結婚相手としてマリエルに紹介したことを悔やんだ。




